「誰もが宇宙で生活できる世界」ElevationSpaceの挑戦(日本)
無人小型再突入衛星を開発する東北大発のスタートアップ

2023年3月16日

2022年、イーロン・マスク氏率いるSpaceX(スペースX)はロケットを60回打ち上げた。「国家が宇宙を開発する」という従来のイメージを払拭(ふっしょく)した1年であり、民間による宇宙ビジネスの可能性に世界が注目を寄せた。現在、世界の宇宙ビジネス市場規模は約40兆円、2040年には100兆円を超えると予想されている。世界では今、宇宙ビジネスに期待が集まる。

日本でも、宇宙関連スタートアップであるispace社が2022年12月、月面探査プログラム「HAKUTO-R」ミッション1の打ち上げを成功させた。同時期に、三井不動産が「NIHONBASHI SPACE WEEK 2022」を開催するなど、宇宙ビジネスへの取り組みが進んでいる。そのような中、日本から世界、そして宇宙で活躍していくだろうスタートアップがある。無人小型衛星の開発を進める「ElevationSpace」だ。同社のCEO(最高経営責任者)を務める小林稜平氏に宇宙への想(おも)いを聞いた(2022年12月22日)。

宇宙生活の実現に向け、ELS-Rを開発

「誰もが宇宙で生活できる世界を創り、人の未来を豊かにする」

創業以来、ElevationSpaceが掲げてきたミッションだ。同社は、小型宇宙利用・回収プラットフォーム ELS-R(無人小型再突入衛星)を開発し、宇宙最大の特徴である微小重力環境で実験を行う準備を進める。地球では作ることができない高品質材料の製造などを行い、人々の生活を向上させるという。同社はその実現に向け、ファーストステップとして宇宙実験を進める。小林CEOによれば、2022年に世界で約2,000億円、2040年には約7,000億円の市場規模が期待できるという。現在、宇宙実験が行われている国際宇宙ステーション(ISS)は2030年に運用を終了する、とNASAが発表した。この発表はISSの代替手段を提供する同社にとって追い風であり、ポストISSとして活躍する可能性を十分に秘める。現状、日本には直接的な競合がおらず、世界には6社、同じフェーズの企業が存在する。国境を越えた活躍が期待される注目のスタートアップだ。

東北から宇宙へ、CEOの強い想い

小林CEOは大学時代、建築を専攻する中で、宇宙×建築への想いが芽生えた。月面基地、宇宙基地での宇宙生活。これらを何としても実現したい、そう決めて宇宙開発で有名な東北大学の桒原聡文准教授のもとに通った。小林CEOの想いは通じ、2人は意気投合。1年半、事業検討を進め東北大学発スタートアップとしてElevationSpaceを設立した。東北には、東北大学のほかに、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の能代ロケット実験場、角田宇宙センター、国立天文台水沢などがあり、宇宙との関わりが強い。小林CEO自身、秋田で生まれ育ったこともあり、東北への想い入れは強く、地方経済を活性化させたい気持ちがあるという。また、地方のベンチャーキャピタル(VC)・銀行などからの資金調達の機会が多いことも地方発の強みだと考えている。東京では多くのスタートアップが競合となりうるが、地方に所在するがゆえに注目を浴びやすいメリットがある、と語る。ただ、地方に拠点を置くにあたり懸念もあった。事業を拡大する上で極めて重要な人材の確保だ。人材の採用には当初、相当苦労したという。しかし現在では、東京にも事務所を構え、メンバーも22人まで増加、順調に拡大している。様々なメディアを通じたミッション・ビジョンの発信に注力し、共感を呼んだことが拡大の要因だ。J-Startup TOHOKU(注1)にも選定された同社は、さらなるチームの拡大を図り、東北発、そして地方発の代表としてグローバルで活躍する企業を目指す。

日本初、宇宙特化アクセラレーションプログラムへの参加

2022年11月、ElevationSpaceは英国を拠点とするSeraphim Spaceのアクセラレーションプログラムに選出された。Seraphim Spaceとは、宇宙およびドローン技術を持つスタートアップに特化した世界初のベンチャーファンドである。同アクセラレーションプログラムへの日本企業の選出は初めて。

数百社がエントリーする中で厳しい選考をクリアし、最終的に世界から10社が参加した。次世代の宇宙開発を担うスタートアップが13週間にわたり、切磋琢磨(せっさたくま)した。英国のほかに、米国・サンフランシスコにも拠点があるSeraphim Spaceのアクセラレーションプログラムは、現地投資家とのネットワーキングや参加者同士の交流など、宇宙事業を前進・拡大させるための学びにあふれていた、と小林CEOは語る。一方で、米国に法人を構え、人材を配置する必要性や現地へのコミットを示す重要性を肌で感じ、グローバル展開するための課題を痛感したとも言う。これからは、その課題を解決するために、グローバル化を見据えた体制作りに取り組む。制度や考え方をグローバル水準にしていくつもりだ。

ジェトロ・スタートアップ支援課では、海外展開を目指すスタートアップをさまざまなツール・ステージで支援しているが、上述したグローバル化への対応は、同社に限らず多くの海外展開スタートアップに共通する課題である。課題へのアプローチや優先度は各スタートアップで異なるものの、まずはグローバル水準を肌で感じる(マインドセットする)ことが重要であり、それにいち早く気づき、次のアクションに挑む企業は早期の海外展開につながることが多い。その意味で、同社の今後のビジネスの行方に注目したい。

海外進出における課題、今後の展望

前述のアクセラレーションプログラムをはじめ、宇宙カンファレンスなど海外にも足を運ぶようになったElevationSpaceだが、海外展開を進めれば進めるほど多くの困難に直面している。例えば海外拠点の設立にあたり、どのように人材を確保すべきか。グローバルな組織をどのように構築していくのか。海外でのセールスの仕方や、輸出規制、資金面。悩みは尽きないが、小林CEOはスピード感を重視しつつも、一つ一つを丁寧に解決していくことで、着実にミッションを実現する、と意気込みを語る。これからのビジョンを尋ねると、「5年後にはELS-R1000(注2)のサービスに注目が集まり、10年後には物資や人の輸送に実装されていること」と答えた。

ElevationSpaceの小型宇宙利用・回収プラットフォーム ELS-Rは、宇宙最大の特徴である微小重力環境を生かし、科学的研究や地球では作ることができない高品質材料の製造を行う。現状、企業が宇宙を利用し、研究や製造を進めるには、価格の高さ、手続きの複雑さに高いハードルがある。しかし、同社のELS-Rであれば、小型であるため、現状のISSなどに比べ利用価格が格段に安く、手続きも簡易化できるという。そのため、様々な産業が宇宙に参入でき、結果としてElevationSpaceが目指す「誰もが宇宙で生活できる世界」を実現できる。具体的には、バイオ関連の企業が細胞の培養を成功させるためにELS-Rを利用することなどが想定されている。このように、宇宙空間の特徴を生かして研究や製造を進めたい企業、宇宙での活動を視野に入れている企業と連携を深めていきたい、と小林CEOは語る。


注1:
J-Startup TOHOKUとは:経済産業省では、世界で戦い、勝てるスタートアップ企業を生み出し、革新的な技術やビジネスモデルで世界に新しい価値を提供することを目的に、2018年6月に「J-Startupプログラム」をスタートしました。このプログラムの地方展開として、2020年7月、仙台市および東北経済産業局が中心となり「J-Startup TOHOKU」を立ち上げました。
注2:
ELS-R1000は:宇宙にしかない長時間の微小重力環境を生かした研究、試験、製造などを行うことのできる小型宇宙利用・回収プラットフォーム。2028年に本格サービス化を予定。
執筆者紹介
ジェトロイノベーション・知的財産部スタートアップ支援課
蓮井 拓摩(はすい たくま)
2022年、ジェトロ入構。CESやTechCrunch Disrupt 2022イベントでのJAPANパビリオン出展を支援。日本発スタートアップの米国展開支援を担当。