ドイツ市場に挑む狭山茶生産者

2023年12月7日

「色は静岡、香りは宇治よ、味は狭山でとどめさす」と言われ、日本三大銘茶の1つとして知られる埼玉県の狭山茶。ドイツの日本茶市場は大きく、既に多くの産地の日本茶が流通しているが、そのようなドイツ日本茶市場に、狭山茶の生産者が「味」を強みに勝負を挑む。

日本茶流通が拡大するドイツ

財務省貿易統計によると、日本からの日本茶の輸出先として、ドイツは2021年に米国に次ぐ2位(約20億円)で、2022年以降は2位の座を明け渡したが、いずれにしても、日本茶の輸出先としては大きな市場だ。

例えば、ドイツで抹茶はスーパーフードとして認識され、健康的なイメージが強い。抹茶ラテは若年層が多いベルリンなどで定番の飲み物となっている。緑茶も受け入れられており、市中のスーパーマーケットでも手頃な価格の煎茶が販売されている。日本茶は紅茶やハーブティーを飲むのと同じような感覚で受け入れられており、スーパーなどでもハーブティーなどと並んで緑茶が販売されている。ベルリン市内の老舗百貨店KaDeWe(カーデーベー)では、緑茶専門の販売コーナーが設けられており、高級路線の日本茶が売られている。日本茶バーも併設され、週末の夜には緑茶を楽しむ若者でにぎわいを見せている。

ドイツで販売されている茶には、有機認証マークが貼付されているのをしばしば目にする。ドイツ市場に既に参入している日本茶は無農薬で生産しているものや、日本では有機JAS認証を取得しているものが多いようだ。ドイツのみならず、欧州の消費者はオーガニック志向が強く、BIOマークの入った食品を市場で目にすることが多い。また、昨今の物価高の影響で、オーガニックをうたう製品とそうでない製品の価格差が縮まっており、ものによっては価格が逆転しているという。価格差が大きくなければなおさら、オーガニックを選好する消費者が増えるのではないかと考えられる。

海外市場へ活路を見いだす生産者

一方、日本の国内市場に目を向けると、日本茶消費量は縮小傾向にある。急須で茶を飲む機会が減っているように、食生活の変化や人口減少などさまざまな要因が考えられるだろう。

静岡茶や宇治茶と並んで日本三大銘茶として知られる狭山茶も、状況は同じだ。そのような中で、狭山茶の販路を海外に求めて生産者は動き出している。拡大するドイツの日本茶市場を狙い、埼玉県の狭山茶生産者はジェトロを通じたプロモーションイベントに参加。その一環として、2023年2月にはドイツ・ニュルンベルクで開催されたオーガニック食品専門見本市ビオファ2023で日本茶のPRを実施し(2023年3月6日付ビジネス短信参照)、会場での試飲イベントでは狭山茶のサンプルも提供。和紅茶の「おくみどり」のうまみが強い点が現地メディアに評価されるなど、好感触だった。また、2023年3月にはジェトロが主催し、ベルリンの日本食レストランで現地バイヤー向けに「埼玉発ドイツ向け狭山茶プロモーション事業」を実施(2023年3月24日付ビジネス短信参照)。会場ではバイヤーを集めて試飲会を開催し、オンラインで日本の生産者をつないで製品PRの機会を設けた。会場のバイヤーからは、「イベントには希少価値の高いお茶が出されており、本物志向の消費者向け商品として期待できる」といったコメントが聞かれた。


ベルリンでの狭山茶プロモーションイベントの様子(ジェトロ撮影)

プロモーションイベントに参加した狭山茶生産者の1人、田中製茶園の田中信夫氏は、日本国内での狭山茶市場の縮小を目の当たりにして、海外展開に取り組むようになった。主要な産地の入間市茶業協会の協会員はこれまで100軒弱あったが、現在は70~80軒くらいまで減少しているという。さらに、日本での茶葉の単価低下も相まって、状況は厳しくなるばかりだ。そのため、日本国内に向けた商品展開だけでなく、海外に商品を販売していく必要があると考えるようになった。「埼玉発ドイツ向け狭山茶プロモーション事業」終了後に、同氏は「日本のスタンダードなお茶よりも、ハーブ(スペアミント、カモミール、ハッカ、レモンバーベナ、赤シソなど)とブレンドしたお茶のうけが良かった。また、通常の緑茶と異なった色合いのお茶も良い反応が得られ、新しい商品開発の可能性を感じた」と述べた。

また、プロモーション終了後、参加バイヤーの1人が日本茶の買い付けで2023年5月に来日し、狭山茶の産地も訪れた。ベルリン市内で茶の販売店を経営するKOS-Teaのオリバー・ザイフェルト氏は、産地で生産者の手間暇かかる製造工程を目の当たりにして「こうした希少価値の高い製品を取り扱いたい」と期待を寄せた。

これらのプロモーションイベントや交流を通じて、狭山茶は徐々にドイツでの認知度を高めつつある。では、今後さらなる販路拡大に向けて、取り組むべき課題はどのようなものが考えられるだろうか。

海外展開での課題

ドイツ市場に参入するには幾つか乗り越えなくてはならない課題がある。まずは、規制の問題だ。EUの残留農薬基準値(2015年2月17日付調査レポート参照)をクリアできるかが最初のハードルとなる。加えて、包装材についてもドイツの包装材の規制(2022年9月6日付地域・分析レポート参照)に対応する必要がある。さらに、ドイツの小売市場にはEUの有機認証を得た食品が多く並んでおり、有機認証の有無は消費者の購買行動を左右する力があるといっても過言でない。これらに対応するには、相応のコストと時間がかかることから、一朝一夕に乗り越えられる課題ではない。

前出の田中氏も「欧州では有機認証を取得した製品が一般的だと知り、(EUとの同等性を有し、一定の手続きを行うことで、EUで有機製品としての流通が可能となる)有機JAS認証の取得が課題だ。EUには独自の認証システムもあり、複雑で、認証のための費用捻出は小規模事業者にとって大きな負担」という。

さらに、都市部に隣接する狭山茶の産地特有の環境として、他の田畑や住宅地に囲まれて小規模栽培をしていることから、周辺で使用された農薬が風で運ばれて茶葉に付着する「ドリフト現象」が発生しやすいことも、足かせとなっている。

次に挙げられる課題は、既に参入している他の産地との差別化だ。京都の宇治茶や静岡茶、鹿児島の知覧茶などがドイツ市場では既に流通していて、消費者にも認識されている。このような中で、狭山茶の独自性をどう打ち出すかがポイントになる。

ドイツ人消費者には、色がはっきりと出て味もコクのある深蒸し茶が好まれる傾向にある。それに対して、狭山茶は普通煎茶が一般的だ。色は明るめで香り高く、うまみと渋みのバランスが取れているのが特徴だ。しかし、ドイツ語では「渋い」という日本語に該当する言葉がなく、渋味は苦手とされている。また、はっきりとした味を好み、緑茶の青みを感じる香りについては「フィッシュ・スメルのよう」と、魚の生臭さに似た香りだと捉えられてしまっているようだ。

しかし、茶の淹(い)れ方を工夫することで、この問題を克服することができるかもしれない。「埼玉発ドイツ向け狭山茶プロモーション事業」で講師を務めた埼玉県茶業研究所の小川英之部長(当時)によると、「現地でお茶を淹れた際、日本で呈茶するときの2倍程度の茶葉を使っている割に、味は薄めで、渋みはほとんどなかった。香味に対する硬水の影響があると思われ、やや強めに蒸した普通煎茶を使用し、茶葉の量を多めにし、浸出時間を短めにしたもので試飲を行ったら、現地の水道水でも狭山茶らしいコクのあるお茶となった」という。また、同氏は現地の好みに合わせる今後の工夫として、甘味を感じられるような「ゆめわかば」や「おくはるか」を中心に、品種単品かブレンドすることや、製造過程でよくもんだ柔らかい茶にやや強めの火入れを行ない、青臭みを残さないようにすることなどを挙げた。栽培面でも7~10日間程度の被覆を行うことで、渋みを穏やかにすることができるだろうとのことだ。

このように、現地の嗜好(しこう)に合わせて、製品の工夫や基準認証のクリアなどを行ない、マーケットインの発想で海外展開に挑戦していくことがカギとなるだろう。

執筆者紹介
ジェトロ埼玉 係長(執筆当時)
清水 美香(しみず みか)
2010年、ジェトロ入構。産業技術部産業技術課/機械・環境産業部機械・環境産業企画課(当時)、海外調査部中東アフリカ課、海外調査企画課を経て、2021年9月から現職。
執筆者紹介
ジェトロイノベーション部スタートアップ課
林田 勇太(はやしだ ゆうた)
2023年、ジェトロ入構。同年4月から現職。
執筆者紹介
ジェトロイノベーション部スタートアップ課
迫田 貴瑞(さこだ きみ)
2023年、ジェトロ入構。同年4月から現職。