農薬・農機に日本の商機
地場企業、エジプト市場を語る(1)

2023年3月1日

エジプトでは2023年1月、人口が1億439万人に達した。今後も、増加が見込まれている。一方、IMFによると、2022年の国内総生産(GDP)は4,691億ドル。2023年の成長率は4.4%と予測されている。また、1人当たりGDPは2022年時点で4,500ドルに達し、2025年には5,000ドルを超える見込みだ。確かに、外貨不足や高インフレ、通貨エジプト・ポンドの急落など、目下の課題はある。それでも、人口と経済規模のどちらをとっても、ベトナムなどアジアの新興国と比べて遜色のない有望市場と言える。

本シリーズでは、地場企業へのヒアリングをもとに、日本企業にとってのビジネス機会を分野別に探る。第1回で取り上げるは、「農業」。エジプト企業2社へのヒアリングをもとに考察した。

エジプトで農業は、GDPの約12%を占め、年率4%程度の成長を続けてきた。基幹産業の1つと言える。もっとも当地でまず想起するのは、乾いた土地かもしれない。現に、国土の約95%が砂漠地帯だ。ただ実際には、ナイル川河口部のデルタ地帯を中心に肥沃(ひよく)な農地が広がる。トマト、タマネギ、オレンジ、コメなど、世界上位の生産量を誇る品種も少なくない(2019年12月27日付地域・分析レポート参照)。

エジプトでは、今後も続く人口増加に伴い、食料需要の増加が見込まれる。また政府は、雇用創出機会や輸出産業としても農業を重視している。2021年6月には、農業生産を2024年までに30%増加させる計画を打ち出した。一方で、エジプトの農業生産者の多くが伝統的手法を用いる小規模農家。換言すると、生産性向上に資する技術や製品の導入が喫緊の課題ということになる。そこに、日本製品・技術参入の可能性がありそうだ。

害虫の耐性を超える有効成分で、特許農薬にも商機

シュウラ・ケミカルズ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます (Shoura Chemicals)は、エジプトで最も歴史のある農薬メーカーの1つだ。創業1958年。農薬、肥料、種子を取り扱い、欧州・アジア製品を国内市場向けに展開する輸入ビジネスも手掛けている。日本企業との取引実績もある。同社サプライチェーン部長のシェリフ・ナシェフ氏によると、同社の主力商品には、日本の大手農薬メーカーの製品がある。

シェリフ氏は、エジプトの農薬は、特許製品とジェネリック、2つの市場に大別できると語る。特許を取得した有効成分は、15年間権利が保護される。取得から15年以上経過すると、ジェネリック製品の生産が可能になる。特許が切れた有効成分を利用して大量生産することで、価格競争力を高めることが多い。ジェネリック農薬の取引にあたり最重要なのが価格で、その一大産地は中国だ。貿易統計で確認すると、エジプトの農薬輸入の約3割は中国からの輸入が占める(表1参照)。主にジェネリック農薬の分野で中国製品の存在感は大きいことが、ここからうかがわれる。

表1:2021年エジプトの農薬(HSコード3808)
国別輸入額
順位 輸入元 輸入額
(1,000ドル)
構成比
(%)
1 中国 52,199 28.4
2 ドイツ 21,514 11.7
3 フランス 19,689 10.7
4 スペイン 15,722 8.6
5 米国 9,970 5.4
6 英国 9,429 5.1
7 イタリア 7,938 4.3
8 ヨルダン 7,471 4.1
9 インド 7,404 4.0
10 トルコ 5,777 3.1
11 日本 5,750 3.1
合計(その他の国・地域含む) 183,610 100.0

出所:エジプト中央動員統計局(CAPMAS)

特許製品は一般的に、ジェネリック製品よりも高価だ。しかし、新しい有効成分は害虫が抵抗力を持たず、より高い効果が見込める。このことから、特許製品にもニーズがあるという。シェリフ氏は、「日本は、世界有数の技術力で数多くの特許成分を開発してきた。当社が日本のサプライヤーを取引先として選ぶのは、それが理由」と述べる。特に、小麦や水稲向けの除草剤、バイオ製品にニーズがあるという。ちなみに、小麦は冬期の主要作物で、作付面積で第1位。またコメは、エジプトにとって綿花に次いで重要な輸出作物だ。

なお、エジプト政府は2030年までに化学農薬の使用量を半減してバイオ農薬に置き換える目標を掲げている。バイオ製品の需要は、今後も伸びると見込まれる。

農機の輸出にあたっては市場に適合した戦略を

マハシール・マスル外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます (Mahaseel Masr)は、エジプトの農業生産者のためのデジタルプラットフォームを構築するアグリテック企業だ。(1)エジプトの農家と国内外の顧客をつないで、B2Bの電子商取引(EC)サイトを運営している。このほか、(2)金融機関と連携した農家向けのマイクロファイナンス、(3)生鮮食品の輸出にあたっての農場トレーサビリティの対応支援などの事業を展開する。そのネットワークには、2万8,000以上の国内農家がつながる。また、植物検疫所や国営銀行などとも連携している。

同社の創業者で、最高経営責任者(CEO)のモハメド・アブデル・ラフマン氏によると、農業機器や技術の導入に日本企業の参入機会があるという。エジプトの農業事業者のうち、大手農業法人は、欧米製の機械や設備をメーカーから直接輸入するケースが多い。こうした場合、メンテナンスもメーカーか代理店が手掛けることになる。一方、事業者の80~85%を占める小規模農家は、安価な機器を購入またはレンタルしている。なお、こうした農家が使用するのは、耕運機や小型トラクター、簡易播種機(種まき機)、草刈り機などだ。

2021年1~12月のエジプトの農業機器輸入額を国別にみると、輸入元1位は中国だ(表2参照)。中国とインドをあわせた農業機器輸入額は、全体の4割以上を占める(最終ユーザーは主に小規模農家と考えられる)。現在、日本を含む先進国企業がエジプト市場でターゲットにするのは、大手農業法人だ。しかし、それだけではなく、小規模農家向けの農業機器にも一定の市場規模があることがうかがえる。

表2:2021年エジプトの農業機器(HSコード8432) 国別輸入額
順位 輸入元 輸入額
(1,000ドル)
構成比
(%)
1 中国 3,559 38.7
2 イタリア 1,319 14.3
3 米国 751 8.2
4 ドイツ 649 7.1
5 トルコ 486 5.3
6 カナダ 410 4.4
7 インド 372 4.0
8 フランス 284 3.1
9 日本 238 2.6
10 チェコ 213 2.3
合計(その他の国・地域含む) 9,204 100.0

出所:エジプト中央動員統計局(CAPMAS)

モハメド氏によると、小規模農家にとって、農業機器の購入やメンテナンスは大きな負担になる。小規模農家が購入・レンタルするのは事実上、地元の整備士がメンテナンス可能な簡易な機器に限られる。換言すると、高度な機器を利用することが難しいため、農業生産性が上がらず収量が少なくなってしまう。そうした課題から、農業生産性向上に資する新技術や高性能機器へのニーズは確実にあるという。とは言え、「市場参入には、エジプトの農家に合わせた価格戦略や、メンテナンスを含めたビジネスモデルの検討が必要。例えば、リースやマイクロファイナンスとの連携などを検討するのも一案」と指摘した。

外貨不足や通貨安など、懸念材料も

農業分野に限らず、当地への輸出を検討する上で、目下の課題は当地の外貨不足と為替下落だ。

エジプトは、小麦や燃料を輸入に依存せざるを得ない。しかし、ロシアによるウクライナ侵攻(2022年2月)に伴い、これら商品の価格が上昇。深刻な外貨不足に陥ってしまった。外貨流出に歯止めをかけるため、政府は2022年3月から、輸入決済時の信用状(L/C)使用を義務付けた。しかし実際には、L/C開設の遅れにより輸入が停滞する事態に陥った(2022年6月24日付ビジネス短信参照)。マハシール・マスルのモハメド氏も、「目に見えない制限(外貨不足で輸入が停滞すること)」があることは、認めている。なお、エジプト中央銀行は2022年12月末、この規制の撤廃を発表した。ただし、外貨準備高はいまだウクライナ侵攻開始前の水準に戻っていない。すなわち、根本的には状況が改善していないことになる。今後の動向に留意が必要だ。

一方、ショウラ・ケミカルズのシェリフ氏は輸入する上での課題として、通貨価値の下落を挙げた。エジプト・ポンドは2022年1月から2023年1月までの間、対ドル価値がほぼ半減した(2023年1月12日付ビジネス短信参照)。その結果、外国製品購入にかかるコストが、実質以上に上がっている。そのうえ、高インフレにより消費者の購買力が下がっているのも懸念材料だ。

もっとも、中長期的に人口増加と経済成長が見込まれる有望市場であることには変わりない。長い目でみて、エジプトの成長を取り込む戦略を立てることが重要といえるだろう。

執筆者紹介
ジェトロ・カイロ事務所
塩川 裕子(しおかわ ゆうこ)
2016年、ジェトロ入構。展示事業部、ジェトロ富山、企画部(中東担当)を経て2022年7月から現職。