存在感を高めるエジプトのスタートアップ・エコシステム
成長機会求め湾岸を目指す

2023年10月13日

エジプトのスタートアップ・エコシステムは堅調に成長を続け、中東・北アフリカ(MENA)地域での存在感を高めている。2022年のMENA地域におけるスタートアップへの投資件数は、国別でエジプトが160件となり、前年1位のアラブ首長国連邦(UAE)を抜いて同地域で初めて首位となった(2023年2月16日付ビジネス短信参照)。足元では、世界的にスタートアップ投資が伸び悩んでいる影響から、2023年の投資動向は減速しているが、投資家からの視線は引き続き熱い。本稿では、エジプトのスタートアップ・エコシステムを概観し、また海外展開先・資金調達先としてエジプトのスタートアップにとって存在感が増している中東湾岸諸国とのつながりについて紹介する。

2022年のMENA地域の資金調達件数1位はエジプト

UAEのドバイに本拠を置く、データ収集・分析・提供会社のマグニット(MAGNiTT)が公表した「エジプト・ベンチャー投資レポート2022外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」によると、2022年のエジプトにおけるスタートアップの資金調達件数は160件で、前年の165件から5件減少したものの、資金調達額において過去最高の5億1,700万ドルを記録した。これまでMENA地域では、資金調達の件数・金額ともにUAEが常に1位となっていたが、2022年には、マグニットが調査レポート作成を開始した2018年以降で初めて、件数ではエジプトが1位になった(図1、2参照)。MENA地域のエコシステムは、これまでUAE・ドバイの「1強」状態が続いていたが、エジプト、サウジアラビア、そしてUAE・アブダビの成長も著しく「4強」時代を迎えつつある。また、アフリカ大陸でみても、エジプトの資金調達件数はナイジェリアに次いで2位となっており、MENA地域、アフリカ地域の両地域においてエジプトの存在感は急速に高まっている。

また、同レポートは、エジプトにおけるスタートアップの資金調達額が5年連続で増加基調を維持しており、2022年には1億ドル以上の「メガ調達案件」がなかったにもかかわらず、前年比3%増を達成したことを指摘している。2021年にあった「メガ調達案件」の影響を除くと、36%の増加になっており、一時的な大型資金調達に牽引されたものではなく、堅調な投資の伸びであることがわかる(図3参照)。

図1:2022年MENA地域のスタートアップ資金調達額上位5カ国(100万ドル)
1位がUAEで11億9,000ドル、2位がサウジアラビアで9億8,700万ドル、3位がエジプトで5億1,700万ドル、4位がアルジェリアで1億5,100万ドル、5位がバーレーンで1億3,300万ドルである。

出所:マグニットレポートからジェトロ作成

図2:2022年MENA地域のスタートアップ資金調達件数上位5カ国(件)
1位がエジプトで160件、2位がUAEで153件、3位がサウジアラビアで144件、4位がカタールで45件、5位がチュニジアで30件である。

出所:マグニットレポートからジェトロ作成

図3:エジプトのベンチャー資金調達額・件数の推移(2018年~2022年)(100万ドル、件)
資金調達額は2018年が8,600万ドル、2019年が1億3,800万ドル、2020年が1億6,400万ドル、2021年が5億100万ドルでそのうちメガ投資案件の金額が1億2,000万ドル、2022年が5億1,700万ドルである。件数は2018年が114件、2019年が140件、2020年が118件、2021年が165件、2022年が160件である。

出所:マグニットレポートからジェトロ作成

しかし、2023年上半期は資金調達件数が23件となり、前年同期比で75%減少した。金額ベースでは3億500万ドルで、前年同期とほぼ同水準で推移したが、内訳をみると、そのうち2億6,000万ドルが1社による「メガ調達案件」であった。背景として、2022年から2023年初頭にかけてエジプト・ポンドの価値が大幅に下落し(2023年1月12日付ビジネス短信参照)、また、ロシアによるウクライナ侵攻(2022年2月)以降、外貨不足に陥るなど、エジプト経済の不安定さが露呈する中で、投資家が様子見状態となっていることが一因と考えられる。しかし、投資家からの視線は冷めているわけではない。カイロ在住でエジプトを始め、北アフリカのスタートアップに出資をする日系ベンチャーキャピタル(VC)、サニー・サイド・ベンチャーパートナーズ代表の才木貞治氏は「足元では、スタートアップ熱は引き続き熱く、次々と新たなアクセラレーションプログラムやハッカソンが開催されている。投資家もエジプトのスタートアップ開拓の手は緩めていない。それは、エジプトが持つ長期的なマーケットポテンシャルへの期待が変わっていないことを示していると思う。確かに2023年上半期は投資件数が落ち込んでいるが、これは投資家の着眼のフォーカスがこれまでの『売り上げや成長率』から、より『稼ぐ力や収益性』へとシフトしており、そのシフトに対してスタートアップ側が対応するのに時間がかかっていることも要因の1つと考えている」と話す(取材日:2023年9月11日)。

エジプトで活躍するスタートアップ

エジプトでは、フィンテック、交通・物流、ヘルスケアのスタートアップが多く活躍している。それぞれの分野で社会課題を解決し、国の経済成長とイノベーションを推進している。ここでは、各分野の代表的なスタートアップを紹介する。

エジプトでは金融サービスが完全に整備されているとは言い難く、また、口座保有率が低いなど、サービスへのアクセスが充分でない状況にある。しかし、こうした社会課題は、スタートアップにとって逆にチャンスになる。実際、エジプトのフィンテックのスタートアップは世界でもトップクラスの業績を上げている。ファウリー(Fawry)、アマン・グループ(Aman Group)、ペイモブ(Paymob)、バリュー(valU)などが、市場のギャップを解決する決済・金融ソリューションを市場に投入した。中でもファウリーは、米国誌「フォーブス(Forbes)」の中東版「フォーブス・ミドルイースト」が発表した2023年のバンキング・テクノロジーおよび電子決済部門フィンテック企業のトップ30にランクインし、2022年には68億ドル相当の取引を実施、4,940万人の顧客にサービスを提供した。また、消費者向けデジタル金融プラットフォームを運営するMNTハラン(MNT-Halan)は、アブダビのキメラ・キャピタル(Chimera Capital)から2億2,600万ドルを調達し、2023年第1四半期(1~3月)に誕生した世界唯一のユニコーン企業となった。

陸送物流においては、トレッラ(Trella)が、荷主と運送会社をつなぐプラットフォームを開発し、荷主が信頼できる運送会社やトラック運転手と効率的にマッチングできる仕組みを構築した。既に8回の資金調達シリーズで、投資家19社から総額7,260万ドルを得ている。

医療分野では、ベジータ(Vezeeta)が、オンライン上の医療サービス予約システムを提供している。3万5,000人以上の医師が登録されており、患者はレビューや評価、空き状況、所在地、料金、健康保険の利用可否などの情報を基に、医療機関の検索や予約ができる。既に1,000万人以上がサービスを利用している。また、病院や画像センターと放射線科医師をオンラインで結ぶ遠隔放射線診断のプラットフォームを提供するロロジー(Rology)は、既に120以上の病院と提携し、国内の医療環境を向上させている。2020年には日系VCのAAICから資金を調達した(2020年8月28日付ビジネス短信参照)。海外展開も活発に行っており、医療環境がまだ整っていないケニアやガーナ、ナイジェリアなどサブサハラ・アフリカを皮切りに、医療ニーズがあり、かつ購買力が高いサウジアラビアやイラク、イエメンなどの中東諸国にも展開している。2023年6月にはサウジアラビア企業を買収し、コミットメントを強めている。

「Ex-Careem」人材がエコシステムの成長を牽引

こうしたエジプトのエコシステムの存在感が高まった背景には、「Ex-Careem(元カリーム)」の人材が活躍したことが要因の1つとして挙げられる。ライドシェア・アプリのカリーム(Careem)は、2012年にドバイで創業し、UAE初のユニコーン企業となった、MENA地域で最も成功したスタートアップの1つだ。2020年にはウーバーに買収され、エグジットしている。カリームはUAEからサウジアラビアやエジプトなどの近隣市場に進出したが、各国で雇用した人材が経験を積んだ後に起業し、エコシステムの成長に貢献した(表参照)。製造業と卸・小売業者を効率的につなぐEコマース・プラットフォームを開発・運営するマックサブ(MaxAB)の最高財務責任者(CFO)であるオマール・エルガザリ氏は「エジプトでは2016年にカリームが進出したことがきっかけの1つとなり、スタートアップ・エコシステムの成長が始まった。米国でペイパルの社員が独立してユーチューブ、リンクトイン、イェルプなど、後に米国を代表するスタートアップを生み出したように、エジプトでも『Ex-Careem』が大きな波及効果を生み出した」と語る。続けて、「ウーバーによる(カリーム)買収後、さらに『Ex-Careem」が起業するケースが増え、エコシステムが発展しはじめると、投資銀行やプライベートイクイティから起業する事例も一気に増えるトリクルダウン効果が起こり始めた」と話した(取材日:2023年3月14日)。

表:「Ex-Careem」が設立したスタートアップの例
企業 国名 分野
MaxAB外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます エジプト BtoB 食料品Eコマース
Cartona外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます エジプト BtoB Eコマース
Trella外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます エジプト トラック配車
Paynas外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます エジプト フィンテック
EDUPAY外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます エジプト フィンテック、エドテック
Peacecake外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます エジプト エンターテインメント、ゲーム
El Grocer外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます UAE 食料品Eコマース
Alma Health外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます UAE オンライン薬局
FENIX外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます UAE モビリティ
CommerceHQ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます UAE Eコマース、マーケットプレイス
Thamara外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます UAE アグリテック
Quickbox外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます UAE デリバリー、物流
Carwah外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます サウジアラビア モビリティ
Sary外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます サウジアラビア 食料品Eコマース
Retailo外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます サウジアラビア BtoB Eコマース
Computing Collaro Club外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます サウジアラビア エドテック
Suplift(アラビア語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます サウジアラビア 予約プラットフォーム
Penny外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます サウジアラビア フィンテック

出所:各社ウェブサイトなどからジェトロ作成

海外投資受け入れに積極的、日本のVCも存在感

資金調達の動きをみると、エジプトのスタートアップは、早期のステージから海外投資家の出資を受け入れていることがわかる。前出のエルガザリ氏は、エジプトのスタートアップに投資しているVCの約9割は、エジプトに拠点を置いていないグローバル投資家だと推定する。エジプトの投資家には、有力VC兼アクセラレーターであるFlat6Labsやファウンデーション・ベンチャーズ(Foundation Ventures)、カイロ・エンジェルズ・シンジケート・ファンド(Cairo Angels Syndicate Fund 、現Acasia Ventures)などがあるが、主にアーリーステージの投資をしており、チケットサイズ(出資額)は大きくない。また、投資家の数も限られており、資金調達ステージが上がるとグローバル投資家に投資を求めることになる。多くの場合、地場VCからグローバル投資家の紹介を受ける。エジプトに出資する海外VCの代表例は、米国の500グローバル(500 Global)、Yコンビネータ(Y Combinator)などであるが、加えて近年はグローバル・ベンチャーズ(Global Ventures)やBECOキャピタル(BECO Capital) など、ドバイをはじめとする中東からの出資が増加している。

日本発のVCもエジプトのエコシステムに注目し始めており、既に出資事例がある。ケップル・アフリカ・ベンチャーズ、AAIC、サムライ・インキュベートが代表例だが、いずれもサブサハラ・アフリカのスタートアップに投資を行ってきたVCだ。エジプトの市場規模や成長性に着目し、出資事例が増えている。また、2022年には前出のサニー・サイド・ベンチャーパートナーズが設立され、日系VCとしては初となる、エジプトを始めとする北アフリカのアーリーステージスタートアップに出資を行うファンドになった。既に9件のポートフォリオを持つ。また、AAICも2023年1月にカイロに拠点を設立し、積極的に投資を進めている。

GCCを目指す企業が増加

多くのエジプトのスタートアップにとって、有力な海外展開先は中東の湾岸協力会議(GCC)諸国、特にサウジアラビアとUAEだ。さらなる市場の拡大と資金調達が主なモチベーションになっている。また、エジプト国内はテック人材が豊富である一方で、足元のエジプト経済の不振や通貨安、それに起因する外貨不足に加えて、法規制やインフラの未整備が成長の阻害要因となっていることも事実である。そのため、よりフレンドリーな法規制や整備された事業環境を持つGCCに成長機会を求めている。前出の才木氏は「エジプト自体がMENA(地域)1位、アフリカ2位の1億人を超える人口規模を持ち、引き続き年率2%近い人口増加を続ける巨大マーケットだが、エジプトのスタートアップは国内市場での成功のみならず、歴史的・文化的につながりが深く、かつ言語の壁が低く、購買力も高い中東への進出に興味を持っている。特に近年は、エジプトの経済不況や外貨不足といったマクロ環境の影響もあり、より購買力が高く外貨獲得を狙える市場として期待を寄せており、特にサウジアラビアに注目が集まっている。当社の投資先もサウジアラビアやUAEへと進出を果たしている企業がいる」と話す。マイナーチェンジは必要だが、同じアラビア語を話し、文化的に類似している点も多いことから、プロダクトを大きく変える必要がないことが大きな要因と考えられる。

ソーシャルEコマース・プラットフォームを運営するタージル(Taager)は、2023年2月に本社をエジプト・カイロからサウジアラビア・リヤドに移転した。共同創業者のアブデラマン・シェリフ氏は「マクロ経済レベルでは、エジプトは明らかに苦境に立たされている。しかし、エジプトから逃げるのではなく、事業を拡大するために移転したのだ」と語る。タージルは2021年、米国とサウジアラビアのVCから640万ドルの調達に成功した。資金調達を模索する中で、より強力な投資オプションにアクセスするために本社の移転が有利に働くとみられる。

前出のトラック配送サービスを行うトレッラも、海外進出先はサウジアラビア、UAEとパキスタンだ。特にサウジアラビアは、依然トラックの供給が追い付いておらず、有望なマーケットとして重点を置いている(取材日:2023年3月16日)。同じくオンライン上の医療サービス予約システムを提供するベジータも、サウジアラビアやUAEに進出済みだ。最高経営責任者(CEO)のアミール・バルスーム氏は「文化的に類似性があり、またGCCにはエジプト人の医師が多く、エジプト企業が事業をしやすい状況もある。投資家が増えてきているのも魅力だ。サウジアラビアはこの6年で大きく変わり、事業環境が改善している」と語る。

執筆者紹介
ジェトロ・ドバイ事務所
山村 千晴(やまむら ちはる)
2013年、ジェトロ入構。本部、ジェトロ岡山、ジェトロ・ラゴス事務所を経て、2019年12月から現職。執筆書籍に「飛躍するアフリカ!-イノベーションとスタートアップの最新動向」(部分執筆、ジェトロ、2020年)。
執筆者紹介
ジェトロ・ドバイ事務所
ガーダ・アシュラフ
カイロ大学卒業後、6年間の調査会社での勤務等を経て2016年4月ジェトロ・ドバイ事務所入所。大学ではマーケティングを専攻。