日本食への関心を広げるには(デンマーク)
MUJIデンマークが進める普及戦略
2022年6月30日
良品計画は2020年10月、デンマーク初の旗艦店として「MUJI・イルムス・コペンハーゲン」をオープンした。立地するのは、コペンハーゲンの大手デパート「イルムス」の最上階(4階)。1年半が経過した現在、コペンハーゲンの和食ブームの先鋒(せんぽう)として、広く認知されている。
日本食に関心のある人たちばかりでない。地元市民一般に、存在が認識されるまでになった。若者には、メディア露出の増加とインスタグラム戦略が功を奏し認知度が高まった。店頭イベントには、老若男女を交えてにぎわう。
では、「MUJI・イルムス・コペンハーゲン」は、どのように現地に受け入れられているのか。また、同店を手掛けるMUJIデンマークは、どのように日本食市場を開拓しているのか。同社マネージングディレクターの田中利彦氏に、話を聞いた(2022年3月22日)。
抹茶やゆずが売れ筋
「MUJI・イルムス・コペンハーゲン」には、デンマークにいながら日本を感じたいと思って訪れる人が多い。実際、「パスポートなしで日本に来た気分が味わえる」と言う声も聞く。同店ではMUJIブランド食品のほかに、デンマークの地方食材や日本食材なども販売している。売れ筋製品は、MUJIのレトルトカレーや日本食材と日本食関連本。日本食材の中では、日本茶(主に煎茶)やラーメンが人気だ。
最近は、抹茶やゆずへの関心が高い。「日本で見たあの商品はないのか」などの問い合わせも多いという。他にも、デンマークにはない食材や、日本で味わったものをもう一度食べたいと買い求める人もいる。例えば、赤紫蘇(しそ)のふりかけなどだ。また、食通の間で発酵食品が注目されるようになった影響で、漬物や味噌(みそ)などに関心を持つ人も増えてきた。
対照的に、豆腐やしょうゆなどは、あまり興味を持たれない。これは近年、地元スーパーマーケットでも売られるようになったため、顧客が目新しさを感じないためなのかもしれない。
書籍も売れ行きが良い。ラーメンに関してスウェーデン人著者が書いた書籍(デンマーク語版)や、生きがいに関するもの、世界的に著名な日本人作家の作品(英語版)が売れ筋という。
店舗に併設したティーハウス「MUJI TeaHouse」も人気だ。居心地が良くゆったり過ごせる空間が追求された結果だ。メニュー開発にあたっては、日本人が食べても美味(おい)しいと感じるクオリティにこだわったという。現在は、日本茶、抹茶を豆乳で現地風にアレンジしたオリジナルドリンク、日本産米を使ったおにぎり、味噌汁、ゆずや抹茶を使ったケーキやマカロンなどのスイーツ、カレーパンを提供している。スイーツとカレーパンは、在デンマークの日系企業、アンデルセンベーカリーに依頼。高品質を追求した。値段がやや高めながら、他では味わうことのできない希少性から多くの顧客の支持を得ているという。
身近な現地インフルエンサーが影響力
MUJIデンマークは、自社SNSの活用や、外部メディアからの取材対応を通じて、顧客PRしている。SNSで活用いているのは、インスタグラムやFacebookなどだ。このほか、季節にあわせて日本食イベントを開催することもある。
「MUJI・イルムス・コペンハーゲン」は、デパートの中に出店している。しかし、他の買い物のついでに立ち寄るというより、MUJIを目的に来訪する人がほとんどだ。最近は、日本好きだけではなく、感度が高いデンマーク人たちにも注目されるようになってきた。メディア露出が増えた結果だろう。多くのデンマーク人客が、評判になった季節のケーキや抹茶を求めて同店舗を訪れるという。
プレスに対しては、新作が出るたびに写真にこだわってプレスリリースを出している。メディアやSNSで、多くの視聴者の目に留まるようにするためだ。プレスイベントも不定期に開催される。プレスイベントでのメディア受容は非常に良い。その結果、多くの記事が現地主要メディアや雑誌に掲載されるようになった。
田中氏によると、2019年6月に開設した同社インスタグラムの影響力も大きい。現在は約1万3,000人がフォローしている。フォロワー数の多い芸能人や文化人などの著名人のほか、若年層に影響力を持つデンマークのインフルエンサーなどがしばしば「MUJI」をタグ付けする。また、抹茶やスイーツのハッシュタグで、イベントやティーハウスの華やかな写真を掲げてもらえることもある。現在、インスタグラムのデンマーク人インフルエンサーが美容と健康のために毎朝、抹茶を飲んでいることが評判になっている。抹茶への関心も高まってきたのは、その影響だ。もともとMUJIを知る人たちだけではなく、新たな顧客の関心喚起に成功し、客層が広がっていると感じているという。
店舗内での自社イベントも積極的に進められる。食関連では、2021年の「和食の日」(11月23日)を皮切りに、季節に合わせた日本食を紹介するイベントを実施されている。食以外にも、村上春樹氏作品の翻訳者を招き作家イベントを実施。風呂敷のイベントなどが開催されたこともある。イベントで集客できるかどうかは、宣伝時の情報発信の仕方が大きく影響するという。日本食の彩りや盛り付け、季節ごとに異なる食材の違いなどを紹介すると、多くの人の興味を引くようだ。これまで、手巻き寿司(ずし)(ノルウェー産イクラ・サーモン、デンマークのマス、ネギとしょうゆで味付けしたスズキ)、恵方巻、お好み焼き(肉を使わないヘルシー食として)を提供してきた。ちなみに、恵方巻はあまり集客率が高くなかった。「恵方を向いて無言で1本食べる」というのが、おしゃべり好きのデンマーク人に受け入れられなかったのかも知れない。しかし、手巻き寿司やお好み焼きは見栄えも良く、多くの人が集まったという。
本物の和食を伝えたい
では、デンマークで日本食を広げる上での最大の課題とは何か。田中氏は、日本の食文化や日本食について知っている人が少なく、販売側でも味の繊細な違いを理解してくれる人材がいないこと、と考えている。日本食では、繊細な味覚は重要だ。コメの炊き加減を理解するのはアジア人スタッフでも難しいこともある。日本を知らないデンマーク人が訪日キャンペーンを主催し、結果的に的外れなPRになっている例も見てきたという。
日本が好きで日本について熱く語ってくれるデンマーク人に協力を依頼すると、イベントで効果的と田中氏は感じている。発酵や旨味(うまみ)研究をしているコペンハーゲン大学のオレ・G・モーリッセン教授に田中氏が出会った際、同教授は「日本語には食べ物に対する形容詞が世界で最も多い」と述べていたという。
また、食にまつわる習慣も日本には豊富だ。温かいものは温かいうちに食べるといったことから、お膳で食べることまで、伝えたい文化はたくさんある。食の繊細さや大切さを伝えることのできる本物の和食ブームを牽引していきたい、と田中氏は語った。
本当の和食を伝えるためには、本物の日本食材を様々紹介することも重要だ。デンマークでは、主に中華食材店やアジア食材店が日本食材を取り扱っている。その一方でMUJIデンマークは、差別化を図るため独自のルートを開拓。デンマークでは比較的珍しい日本食材を取り扱っている卸業者と取引している。ただし、課題もある。その1つは、常に満足いく製品がタイムリーに入手できるわけではないことだ。欧州では食品を取り扱う法令が厳しいため、食品の多くがデュッセルドルフやパリなど他の欧州都市を経由して北欧に輸入されてくる。デンマークは市場が小さいことも影響し、時間とコストがかかっているという。
効果的に現地コラボを
デンマークをはじめとした北欧で、「本物」を求める層は厚い。日本に対するこだわりを持って「おもてなし」や「食文化」を求めにくる人たちも多い。同時に、戦略的に現地のメディアやSNSを活用し、日本文化の民間大使となってくれる現地の知識人や影響力のある有名人たちとのコラボレーションをうまく活用していくことも大切。MUJIデンマークが一部の日本好きだけでなく、幅広い客層に訴求することに成功している一要因は、それを追求したためと言える。
MUJIデンマークは、地道に、かつ多角的にネットワークを広げてきた。その上で、日本的な感性を重視しながらも現地に溶け込む取り組みを進め、未来の日本食を牽引しようとている同社の今後に期待したい。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・デュッセルドルフ事務所
安岡 美佳(やすおか みか)(在デンマーク) - 京都大学大学院情報学研究科修士、東京大学工学系先端学際工学専攻を経て、2009年にコペンハーゲンIT大学でコンピュータサイエンス博士取得。2006年よりジェトロ・コペンハーゲン事務所で調査業務に従事、現在コレスポンデント。