米国経済、2022年後半には景気後退入りとの見方強まる

2022年7月25日

新型コロナウイルスのパンデミックにより、2020年の米国経済の実質GDP成長率は前年比マイナス3.4%の成長となったが、2021年は5.7%と急回復した。世界経済全体も2021年は6.1%の高成長を見せた。一方で、経済回復とともに世界的に物価高が徐々に台頭し、2022年に入ってからは、ロシアのウクライナ侵攻によるエネルギーや食料価格の高騰がさらなる物価高に拍車をかけている。特に米国では40年ぶりの物価高となるほか、それから派生する金融引き締めや、消費・生産の抑制などが目立ち始めており、景気後退が懸念されている。本稿では、米国経済の現況・展望を概観する。なお、使用数値については、7月6日執筆時点の公表値に基づく。

1~3月期はマイナス成長、4~6月期もマイナス成長の懸念

2022年の直近1~3月期の実質GDP成長率は年率換算で前期比マイナス1.6%と、2021年10~12月期のプラス6.9%から一転し、7四半期ぶりのマイナス成長となった。ただし、国内需要を賄うための輸入急増(18.9%増)によるマイナス寄与が最も大きく、消費は1.8%増、民間設備投資10.0%増と主要項目は堅調で、見た目ほど悪くない内容だった。ただし、4~6月期の見通しは不透明だ。個別の統計を見ると、5月の小売売上高は前月比マイナス0.3%、鉱工業生産はほぼ横ばいと弱さが見られ、先行する経済指標を基に独自に予測値を公表しているアトランタ連邦準備銀行のGDPナウによると、4~6月期の成長率は前期比マイナス2.1%と2期連続のマイナス成長を予測している。米国では、景気判断について民間非営利機関の全米経済研究所(NBER)が各種の指標から事後的に判断しているが、2期連続のマイナス成長は簡便かつ即時的に「テクニカル・リセッション」と一般に見なされ、事後的にも景気後退に陥ったと認定されることが多い。7月以降の先行きを見ても、代表的な景気先行指標である、企業の購買担当者らの景況感を集計した総合PMI(Purchasing Manager's Index)は6月に52.3ポイントと、2020年から続く新型コロナ禍からの回復期で2番目に低い水準となっており、好不況の分かれ目となる50ポイントの水準に近付いている。また、米国ハーバード大学米国政治研究センターとハリス・インサイト・アンド・アナリティクスの世論調査によると、回答者の64%が「経済状況が悪化している」とするなど、実際の生活でも人々は景気悪化を感じ始めているようだ。

40年ぶりの物価高、急激な金融引き締めにより金利急上昇

現在、景気の最大の足かせとなっているのが物価高だ。2022年5月の消費者物価指数(CPI)の上昇率は前年同月比8.6%増と、1981年12月の8.9%に次ぐ40年5カ月ぶりの高い伸びを記録している。伸びが8%を超えるのは3カ月連続だ。この背景には、ウクライナ情勢の長期化などによるガソリンなどのエネルギーや食料価格の高騰、パンデミックからの急激な経済回復によって生じた自動車部品や半導体などの供給網混乱、連邦準備制度理事会(FRB)の大規模な金融緩和による住宅など資産価格の上昇などが挙げられる。FRBは物価高を抑えるため、急速な金融引き締めに転じており、2022年3月にはこれまで2年間続けてきたゼロ金利政策を解除した。その後も通常の2~3倍の金利引き上げを行い、現時点で政策金利(フェデラルファンドレート)の誘導目標は1.50~1.75%の水準に達している。また、FRBのゼロ金利政策とともに続けられてきた米国債購入などの量的緩和政策により積み上がった保有資産について、6月から縮小が開始されている。この資産縮小により市場からのマネー吸収額は2兆5,000億ドル程度、期間は3年程度をかけて行うとみられている。こうした急激な金融引き締めに金利は敏感に反応しており、30年固定住宅ローン金利は6月末時点で5.7%と、前年同時期の約3%から2倍近い水準に達している。

物価高抑制にはしばらくかかるか、労働参加による賃金上昇抑制もカギ

物価高抑制を急ぐFRBだが、今後の見通しには不透明な部分が大きい。エネルギーや食料価格の高騰は総じて、ウクライナ情勢の長期化という世界的な地政学要因が大きいことに加え、自動車部品や半導体などの供給網混乱にはFRBの金融政策が影響を及ぼし得るところは少ない。住宅価格など資産価格については、金利水準のコントロールによって直接的に金融政策が影響を及ぼし得る部分であり、前述の住宅ローン金利の急上昇で住宅販売件数などが顕著に減少してきている。しかし、住宅価格については、材料費高などを背景にいまだ上昇しており、5月の新築住宅平均価格は前年同月比で15%上昇した。消費者物価の構成の約3割を占める賃料など住宅費は、こうした新築住宅平均価格にタイムラグを伴って連動する傾向が強いが、新築住宅平均価格高騰が続く現在、賃料など住宅費の上昇基調もしばらく続く可能性が高い。

また、もう1つの物価高抑制のカギが労働市場の動向だ。コロナ禍のため、2020年2~4月には約2,000万人が労働市場から退出、その後の経済再開に伴って徐々に労働者が戻ってきているものの、いまだ400万人程度はパンデミック前の水準に比べて少ないとされる。この要因として、コロナ感染回避やより好待遇を求めた離職などが指摘されてきたが、最近になって大きな要因の1つとして考えられているのが、コロナ禍を機にしたアーリーリタイアの増加だ。カンザスシティ連邦準備銀行の推計によると、過去2年間の移民減などによる人口減や高齢化の影響を除けば、純粋な労働市場からの退出者は200万人としているが、そのうち約66%はコロナ禍以前は働いていた65歳以上の者が占めているとされる(図1、2参照)。

図1:非労働力人口の推移
2000年1月は6914万人。2005年1月は7681万人。2010年1月は8335万人。2015年1月は9269万人。2020年1月は9502万人。2000年から2020年にかけて非労働力人口は緩やかに増加してきた。新型コロナウイルスの感染拡大により、2020年2月は9505万人、2020年3月は9699万人、2020年4月は1億354万人と急上昇した。2020年2月から2020年4月の2カ月間でおよそ2000万人が労働市場から退出したことを示している。その後の経済再開に伴って2022年5月は9930万人と減少に転じたものの、いまだおよそ400万人は新型コロナウイルスの感染拡大前の水準に比べて労働市場に戻っていないことが示される。

出所:カンザスシティ連邦準備銀行

図2:年齢別の労働参加の推移(2020年2月=100とした場合)
16歳から24歳、25歳から54歳、55歳から64歳、65歳以上の4つの年齢層について、2020年2月を100とした場合のポイントを示す。新型コロナウイルスの感染拡大以降、各年齢層でポイントを減らしたものの、2022年2月時点で、16歳から24歳、25歳から54歳、55歳から64歳の3つの年齢増は98ポイント~100ポイントまで回復した。一方で、65歳以上の年齢層あ92ポイントにとどまる。新型コロナウイルスの感染拡大前の水準に比べて特に65歳以上の年齢層の労働者が労働市場に戻っていないことが示される。

出所:米国労働省、カンザスシティ連邦準備銀行

こうした人手不足から労働市場は逼迫し、5月の賃金上昇率は前年同月比5.2%と高い水準にある。この賃金高のコストが価格に上乗せされることにより、物価高に拍車がかかるという構造になっている。アーリーリタイア層については、株式や債券など自らの資産価格の動向も考慮に入れて行動しているとされ、前述のFRBによる金融引き締めにより資産価格は全般的に調整局面にあることから、一部のアーリーリタイア層は労働市場に戻ってきているとの指摘もある。アーリーリタイア層をはじめ、今後の賃金・物価に関連して労働市場の動向に留意が必要だ。

物価高、高金利にどこまで消費が耐えられるか

米国経済において、消費は約7割を占め、内需主導経済の一番の柱だ。物価高、高金利が今後も見通される中、現在は堅調なこの消費が今後も勢いを保てるかが、米国経済を見る上で、物価・金利と併せて重要となる。前述の5月の小売売上高が前月比マイナス0.3%を記録したことに関し、特に自動車・同部品がマイナス0.7ポイント寄与とマイナス幅が大きくなっている。これはそもそも高騰している自動車価格に上乗せされ、自動車ローン金利上昇による負担増加が大きいとされる。また、すでに述べたとおり、住宅販売は顕著に減少、住宅購入には家具など周辺消費も付随することが多いことから、住宅市場抑制による消費減退効果も今後徐々に表れてくるものと思われる。今後の消費に関連して、コロナ禍の行動規制などで、米国内でこれまで必要以上に貯蓄された額(超過貯蓄)が約2兆5,000億ドルあり、今後の旅行などサービス需要を踏まえれば、消費は堅調に推移するとの見方もある。しかし、民間調査会社ユーガブの世論調査では、コロナ禍で貯蓄が増えたとの回答は半数に満たないとされていることから、超過貯蓄の大半は富裕層が中心で、中低所得者層に財政的な余裕は少ないことも推測される。加えて、中低所得者層はエネルギーや食料価格の高騰など必需品の物価高の影響を相対的に受けやすい。実際に貯蓄率はコロナ禍前を下回っていることに加え、クレジットカードなどのリボルビング払いは2022年3月は前月比(年率)で29.0%増、4月は19.6%増と最近になって急増していることから、多くの人々は既に手元の貯蓄を使い果たしている可能性が高い。物価が賃金の上昇率を大きく上回る中では、現在の堅調な消費の伸びは持続可能なものとは言い難く、物価高と高金利が落ち着くまでに消費がどこまで耐えられるかが今後注目される。

まとめ

以上をまとめると、要点は以下の4点となる。

  • 2022年4~6月期もマイナス成長ならば2期連続となり、テクニカルリセッション入り、事後的にもリセッションと認定される可能性がある。
  • 物価は40年ぶりの伸び、これを抑えるための金融引き締めが物価高と併せて、消費と生産活動を抑制し始めている。
  • 現在の物価高はウクライナ情勢や供給網混乱など、金融政策ではコントロールできない要因が主に引き起こしており、いつ収束するか見通すことが難しい。アーリーリタイア層などの今後の労働参加・賃金上昇抑制も物価抑制のカギ。
  • 物価高と高金利に今後どこまで国内消費が耐えられるかが今後の焦点。

物価高については、アマゾンやターゲットなど在庫を抱えすぎた大手小売りが最近になって値下げ商戦に出ているほか、上海からロサンゼルスまでの貨物輸送コストは1月中旬につけた2022年最高値に比べて6月末は約3割低下するなど、一部では物価低下の兆しも見え始める。また、家計や企業の財務は、リーマン・ショック時に比べればはるかに健全で、仮にリセッションに陥ったとしても、相対的に深刻なダメージは受けにくいという指摘もある。いずれにしろ、現在は好不況の分水嶺(れい)の時期にある。今後企業が生産活動を行っていくに当たっては、物価、金利、消費を中心に、経済指標を丁寧に見ていくことがいつも以上に重要と言えるだろう。

執筆者紹介
ジェトロ・ニューヨーク事務所
宮野 慶太(みやの けいた)
2007年内閣府入府。GDP統計、経済財政に関する中長期試算の作成などに従事。中小企業庁や金融庁にも出向し、中小企業支援策や金融規制などの業務を担当。2020年10月からジェトロに出向し現職。