データ取り巻く環境は今(世界)
越境データ・フロー、投資、通商ルールからの考察
2022年8月2日
越境インターネット帯域幅(データ・フロー)は近年、インターネットを介した新たなビジネスの増加に伴って飛躍的に伸びている。同時に、それを支えるデータセンターや海底ケーブルのインフラ形成も進む。本レポートでは、データを取り巻く環境について、投資事例や通商ルールなどを交えて考察する。
世界の越境データ・フローは4年で2.7倍に
インターネットトラフィック(注1)に関するデータを提供する米テレジオグラフィー(TeleGeography)によると、2021年の越境インターネット帯域幅(注2、以下、データ・フロー)は785.6Tbps(テラビット/秒)と、2017年と比較すると約2.7倍となった。以前から拡大傾向にあった越境データ・フローは、新型コロナウイルス感染拡大後、ロックダウンや緊急事態宣言などの措置により、オンラインショッピングや動画視聴サービスなどインターネットを介した新たなビジネスの増加に伴って飛躍的に伸びた。今後も第5世代移動通信システム(5G)のインフラ整備やメタバースなどの新たなインターネットサービスが拡大することにより、さらなる越境データ・フローの拡大が見込まれる。
国・地域別に見ると、1位にドイツ、次に米国、フランス、英国、オランダとなった(図1)。上位に位置する欧州の各国は、欧州域内の他国とのデータ・フローが大きい。アジアでは、シンガポールの越境データ・フローが最も大きく、76Tbpsだった。日本は33Tbpsで11位となっている。日本を相手別にみると、米国のシェアが41.1%、中国が24.6%、シンガポールが13.4%と、上位3カ国で日本の越境データ・フロー全体の約8割を占める。
クラウドサービスを背景に拡大するデータセンター
データ・フローが拡大するにつれ、膨大なデータを支えるデータセンターが各地で急増した。通信関連のデータ・プラットフォームを提供する米クラウドシーン(Cloudscene)によると、世界のデータセンター棟数は8,384棟(2022年6月末時点)で、米国への立地が世界全体の約3割を占める。IT企業が多く立地するシリコンバレーやニューヨークなどに集中している。欧州では、金融機関のデータセンターが多く立地するロンドン、フランクフルト、アムステルダムなどに集積があり、先に見た越境データ・フローの順位とも一致している(図2)。中国は棟数で世界シェアの5.3%を占めた。安価な土地代や寒冷な気候を背景に、内陸部の省がデータセンター誘致を行っている。貴州省では進出企業に対する優遇措置も手厚く、米国企業だけでなく騰訊(テンセント)、華為技術(ファーウェイ)など国内事業者も同地にデータセンターを設けている。
新たな投資計画の発表も相次ぐ。2021年に発表された世界のデジタル関連業種のグリーンフィールド投資を見ると、データセンターの案件が目立つ(表1)。グーグルやアマゾン・ウェブ・サービス(AWS)は世界中でデータセンターの建設や追加投資を計画している。米国企業のみならず、NTTリミテッドやファーウェイなども次々とデータセンター建設の投資を発表した。こうしたクラウドサービスを展開するテック企業、いわゆるハイパースケーラー向けのデータセンターの運営を手掛ける米国のエクイニクスも企業のデータセンター投資をサポートしている。エクイニクスはシンガポール政府投資公社と合弁会社を設立し、計算能力やメモリー、高速ネットワークインフラ、ストレージリソースを大幅に拡張した「ハイパースケールデータセンター」の需要に対応する。
消費者はデータセンターへのアクセスが近いほど、レイテンシー(注3)が低減し、体感品質が向上する。そのため、動画配信やSNSなどのリアルタイム性が高いサービスを展開する事業者は、データセンターの建設に加え、データ同期のための通信インフラ整備が不可欠となる。インターネットの国際通信の99%を担うとされる海底ケーブルは、頻繁なデータの送受信を支えるインフラだ。TeleGeographyによると、GAFA〔グーグル、アップル、フェイスブック(現社名:メタ)、アマゾン〕をはじめとしたコンテンツ事業者による海底ケーブルのトラフィックは全体の約7割と試算しており、巨大IT企業は自らデータセンター同士を結ぶ海底ケーブルへの建設に乗り出している。
グーグルは2021年6月、米国東海岸からブラジルとウルグアイを経由し、アルゼンチンまで及ぶ海底ケーブル「Firmina」の敷設計画を発表した。南北アメリカ間を高速かつ低レイテンシーで、グーグル検索やYoutubeなどのサービスにアクセスできるようにする。NTTリミテッドも海底ケーブルの建設に乗り出している。シンガポール、マレーシア、インドを接続する海底ケーブル「MIST」を建設中で、地域を越えたデータセンター間での相互接続の基盤として通信インフラを支える予定だ。
会社名 | 国名 |
投資 件数 |
主な案件 |
---|---|---|---|
グーグル | 米国 | 24 |
|
アマゾン・ウェブ・サービス(AWS) | 米国 | 18 |
|
NTTリミテッド | 日本 | 16 |
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エクイニクス | 米国 | 15 |
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ファーウェイ・テクノロジーズ | 中国 | 14 |
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マイクロソフト | 米国 | 12 |
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シンガポール政府投資公社 | シンガポール | 11 |
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オムニリオン | カナダ | 9 |
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タタ・コンサルタンシー・サービシズ(TCS) | インド | 9 |
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HCLテクノロジーズ | インド | 9 |
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注:デジタル関連業種はOECDが定義する情報通信技術業種などを参考に、fDi Marketが定義する投資元5業種(ソフトウエア・ITサービス、半導体、通信、ビジネス機械・装置、家電)を対象とした。生産活動案件を除く。件数が多い順に10社掲載。
出所:fDi Markets(「フィナンシャル・タイムズ」)から作成
データに関する通商ルール形成は道半ば
越境データの取引などが拡大する一方で、越境データの取り扱いに関する多国間枠組みのルールは未形成だ。世界では、消費者保護や国家安全保障などさまざまな政策目的から、データの国外移転を制限する動き(注4)もあり、こうした制限がビジネスの障害になっている。他方で、近年締結された自由貿易協定(FTA)の中には、国境を越えた自由なデータ移転を原則許可する「情報の越境移転制限の禁止」を盛り込むものも少なくない。日本はこれまで、環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定(CPTPP、いわゆるTPP11)の第14.11条や、日米デジタル貿易協定(第11条)、日英経済連携協定(EPA、第8.84条)、地域的な包括的経済連携(RCEP)協定(第12.15条)などでこのルールを約束している。
2022年1月に発効したRCEP協定の加盟国間でも、データが国を日々越えて移動している。2021年の2カ国間越境データ・フローを見ると、1番大きかったのはシンガポール~インドネシア間で19,712 Gbps(ギガビット/秒)、2番目は中国~ベトナム間の10,983Gbpsだった(表2)。RCEP域内上位20の2国間のデータ・フローのうち、シンガポールと中国を含むものがそれぞれ9つ、8つと多く、同2国がRCEP経済圏におけるデータ・フローの中心的な役割を担っている。
順位 | 国名 | 越境インターネット帯域幅(GBT/秒) |
年平均成長率 2017-2021年 |
---|---|---|---|
1 | シンガポール-インドネシア | 19,712 | 72.8 |
2 | 中国-ベトナム | 10,983 | 47.8 |
3 | シンガポール-中国 | 9,809 | 42.2 |
4 | 中国-日本 | 8,119 | 29.6 |
5 | シンガポール-タイ | 7,263 | 33.5 |
6 | シンガポール-ベトナム | 5,287 | 55.0 |
7 | シンガポール-日本 | 4,409 | 44.6 |
8 | タイ-マレーシア | 3,861 | 34.7 |
9 | シンガポール-マレーシア | 3,645 | 37.5 |
10 | 日本-韓国 | 3,144 | 55.7 |
11 | オーストラリア-ニュージーランド | 2,589 | 47.9 |
12 | 中国-韓国 | 2,095 | 22.9 |
13 | 中国-フィリピン | 1,584 | 33.9 |
14 | 中国-タイ | 1,554 | 55.8 |
15 | 中国-マレーシア | 1,162 | 22.9 |
16 | シンガポール-フィリピン | 1,101 | 52.7 |
17 | シンガポール-オーストラリア | 979 | 65.2 |
18 | 中国-インドネシア | 965 | 49.9 |
19 | シンガポール-ミャンマー | 850 | 49.1 |
20 | 日本-オーストラリア | 762 | 36.9 |
注:インドネシア、フィリピン、ミャンマーは2022年7月現在、未発効。上位20を掲載。
出所:TeleGeographyデータから作成
RCEP協定では「情報の越境移転制限の禁止」の原則が盛り込まれたものの、公共政策の正当な目的を達成するために必要な場合や、安全保障上の重大な利益保護に必要な場合を除くとの前提が明記された。各国にとって、正当な政策目的の下でデジタル分野の規制を実施することは、高水準のデジタル貿易ルールを規定するFTAに参加して投資を呼び込むことともに重要であり、両者のバランスをいかに判断するかがカギと言える。
- 注1:
- インターネットやLANといったコンピュータなどの通信回線で、一定時間内にネットワーク上で転送されるデータ量。
- 注2:
- TeleGeographyのデータは使用されていない帯域幅を含む。帯域幅とは、通信や放送に使用する電波や光の周波数の幅を表す。デジタル通信の帯域幅は「1秒間に何ビット転送できるか」を表す「bps」または「b/s」という単位を用いるのが一般的。データ・フロー、データ伝送容量などと言われる。
- 注3:
- データ転送の指標の1つで、転送要求を出してから実際にデータが送られるまでに生じる通信の遅延時間。
- 注4:
- EUの一般データ保護規則(GDPR)、中国のサイバーセキュリティー法(調査レポート「中国におけるサイバーセキュリティー、データセキュリティーおよび個人情報保護の法規制にかかわる対策マニュアル」参照)、ASEANの個人情報保護規定(2021年7月27日付地域・分析レポート「ASEAN主要国における個人情報保護規程」参照)など。
- 執筆者紹介
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ジェトロ海外調査部国際経済課
伊尾木 智子(いおき ともこ) - 2014年、ジェトロ入構。対日投資部(2014~2017年)、ジェトロ・プラハ事務所(2017年~2018年)を経て現職。