産業の現場に近いのが強み、フィンテックにも注目
インド・GJ州のエコシステムは、今(後編)
2022年9月2日
インド・グジャラート(GJ)州のスタートアップ(SU)やエコシステムを読み解く連載。前編(2022年7月20日付地域・分析レポート参照)では、州政府が打ち出す支援策などについてみてきた。
そうした支援を受けて、多数のインキュベーターが設立されている。また各大学も、SU企業をサポートするためインキュベーション・プログラムを実施。資金調達、開発基盤などの課題に関して、メンタリングなどを通じて支援している。さらに、GJ州には、多くの富裕層コミュニティーがある。そうしたコミュニティーがSU企業に投資し始めていることも注目点だ。また業界のシニアリーダーは、SU企業のビジネス戦略や市場化計画について、指導に時間を割いているという。
後編では、州内SU企業の特徴や課題、資金調達事情などを追う。
GJ州所在SU企業の特徴を探る
ジェトロは6月15日、GJ州のSU企業やエコシステムにみられる特徴を探ろうと、主要アクセラレーターにヒアリング。その結果、以下のような点を確認できた。
- 当機関はこれまでに、電気自動車(EV)、産業用IoT(モノのインターネット、Internet of Things)、ロボット、人工知能(AI)・データ分析、教育テック(Ed-Tech)、ヘルステックなどの分野で、スタートアップ企業を支援してきた。/アイ・クリエート(iCreate、注1)から聴取
- GJ州は製造業が盛んな工業州だ。そのため、SU企業がエンドユーザー企業との関わりを持つ機会も多い。また、工場のスマート化を促進する「インダストリー4.0」の領域を含めて、AIやIoTベースのソリューションを持つテクノロジー系SU企業がある。/インドソフトウェアサービス産業協会(NASSCOM)センターオブ・エクセレンス(CoE)ガンディナガールから聴取
- 製造、組み立て、化学分野にも強みがある。/IITガンディナガールから聴取
- アーメダバード地域には、技術・デザイン系の教育機関が多くある。それらは高い評価を受け、この地域でSU企業の成長を後押ししてきた。さらに、プロダクトデザインや相互体験型デザインに取り組んでいるSU企業も多い。加えて、拡張現実(AR)や仮想現実(VR)の分野でも、優れたSU企業がいくつかある。そうした技術を活用することにより、遠隔での顧客対応や監視制御、作業員のトレーニングなどが大幅に改善できそうだ。/NASSCOM CoEガンディナガールから聴取
こうした回答から、GJ州のSU企業の強みは、(1)産業界との緊密な関係を通じて現場の課題やニーズを理解していること、(2)コンセプト実証のために、様々な産業の現場を利用できること、などにあることが浮かび上がってくる。
一方で、課題もある。例えば、「GJ州の産業界は、地域のSU企業をまだ十分に活用しきれていない。そのため、SU企業はより良いチャンスを求めて世界的企業との連携を模索せざるを得ない」(NASSCOM CoEガンディナガール)という指摘がある。同時に、「有望なSU企業が、自社の技術やサービスを広めるためのマーケティングに投資していない。そのため、ブランドを確立できていない」(同)ことも問題だ。また、「有望な技術開発者の不足、メンター制度強化の必要性、ディープ・テック分野に対する地元投資家の不足」(IITガンディナガール)などを指摘する意見もあった。
なお、GJ州のSU企業は、現時点で日本市場に対する理解が深いとはいえない。そのため、インド進出日系企業とのビジネス経験があるSU企業は、まだまだ少数だ。「日系企業がGJ州のSU企業やエコシステムのポテンシャルを活用し、お互いのビジネス文化をより理解するためには、具体的なビジネス機会が必要。2国間専用のプラットフォームや産業研究所のようなものがあると、様々な連携や検証事業が可能になるだろう」(アイ・クリエート)という声も聞かれた。
巨額資金調達の背景にあるのは
インドには、当地の有望SU企業に向けて広く積極的に投資するベンチャーキャピタルがある。ビヨンド・ネクスト・ベンチャーズ(Beyond Next Ventures)は、その1つだ。そのインド事業開発グループ長、マユール・シャー氏(注2)に話を聞いた(2022年6月21日)。同氏は「GJ州は、製造業インフラに優れ、インド唯一の国際金融都市を有する。また、シー・アイ・アイ・イー・ドット・シーオー(CIIE.CO)やアイ・クリエートをはじめ、多くのアクセラレーターが集積し、スタートアップ・エコシステムが発展している」と指摘。このような環境があるだけに、「今後、マニュファクチャリング・テックやフィンテック・ベンチャーが台頭してくることを期待し、注目している」と展望を示した。
過去2年以上に及ぶコロナ禍は、インド経済に様々な影響をもたらした。その中でも、SU企業の資金調達が加速したことは注目に値するだろう。
当地報道によると、ベンチャーキャピタルやエンジェル投資家が、デジタル・イノベーション分野への投資を積極化。そのため、GJ州のSU企業も多額の資金調達に成功しているという。2021年の過去1年間だけをみても、GJ州の中で、少なくとも4つのSU企業が3億5,000万ルピー(約5億9,500万円、1ルピー=約1.7円)以上の資金を調達。シリーズA、シリーズB、プレ・シリーズBの資金調達ラウンドを既に終了した。ごく最近では、スミッテン(Smytten、注3)」が10億ルピーの調達に成功した。この調達ラウンドでは、ベンチャーキャピタル4社が関わったとされる(注4)。GJ州のSU企業で、2021年の1年間に巨額資金調達に成功した例としては、そのほかに、(1)レンディング・カート(Lending Kart)、(2)アクシオ・バイオ・ソリューションズ(Axio Bio Solutions)、(3)メッド・カート(Med Kart)、(4)テクソ・チャージゾーン(Tecso Charge Zone)があると報じられている(「タイムズ・オブ・インディア」紙5月17日)
SU企業の集積・育成、エコシステム構築、世界的企業とのビジネス連携実績、対外的発信やブランド構築で先行すると言われているのは、カルナータカ州、マハーラーシュトラ州、デリー準州などだ。こうした先進州と比較すると、GJ州はやや遅れをとっている印象を受ける。一方で州政府は、エコシステムの構築・強化を目指した明確な方針を示し、同州のキャッチアップを急いでいる。州政府の様々な支援策や環境整備の取り組みに関しては、外部の第三者機関からもポジティブな評価がある。また、ベンチャーキャピタルから、有望SU企業に対する注目が集まり始めているようだ。
一般的に、GJ州民はインドの中でも起業家気質だ。GJ州自体も、SU企業の起業・育成に適しているといわれる。今後、SU企業の集積がさらに進み、世界的企業などとの事業連携実績が蓄積されていくと、イノベーション・ハブとしての世界的な認知度や実力が確立されていくだろう。それが早晩期待できそうだ。
- 注1:
- アイ・クリエートは、非営利の独立機関。官民出資により、GJ州に設置された。技術革新に基づくスタートアップを支援することに特化しているのが特徴。
- 注2:
- ビヨンド・ネクスト・ベンチャーズのシャー氏は、日本とインド、両国間のビジネスにも詳しい。
- 注3:
- スミッテンは、アーメダバードを拠点としてD2Cプラットフォームを運営する。
- 注4:
- スミッテンの資金調達で主要な役割を果たしたベンチャーキャピタルは、(1)ファイヤーサイド・ベンチャーズ(Fireside Venture)、(2)ルーツ・ベンチャーズ(Roots Ventures)、(3)スルバム・パートナーズ(Survam Partners)、(4)サットバ・グループ(Sattva Group)とされる。
インド・GJ州のエコシステムは、今
- 州政府が相次いで施策
- 産業の現場に近いのが強み、フィンテックにも注目
- 執筆者紹介
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ジェトロ・アーメダバード事務所長
古川 毅彦(ふるかわ たけひこ) - 1991年、ジェトロ入構。本部、ジェトロ北九州、大阪本部、ニューデリー事務所、ジャカルタ事務所、ムンバイ事務所長などを経て、2020年12月からジェトロ・アーメダバード事務所長。