千古乃岩酒造、EPAを活用しベトナム・カンボジアに販路拡大
2022年5月9日
千古乃岩(ちごのいわ)酒造(岐阜県土岐市)は、明治42年(1909年)創業の酒蔵だ。東アジアやASEANを中心として輸出にも力を入れ、取引先の要請に応じて経済連携協定(EPA)を活用してきた。同社のEPA利用の取り組みや、近年、力をいれているベトナム、カンボジア向け輸出の販路開拓の取り組みについて、中島大蔵代表取締役・杜氏に聞いた(取材日:2022年3月30日)。
東アジア・ASEANの7カ国・地域に輸出
- 質問:
- 貴社の事業内容、海外展開は。
- 答え:
- 当社は酒蔵としての創業は、明治42年。業界の中では、比較的新しい酒蔵だ。酒蔵を始める前は、醤油(しょうゆ)や味噌(みそ)を2代にわたり醸造していた。当社では、日本酒独特の麹(こうじ)くささを抑えた独自の製法を採る。その結果、すっきりした飲み口となるのが特徴だ。また、当社の所在する地域は焼き物の一大生産地(美濃焼)だ。それだけに粘土質の地盤が厚く、それを通った地下水は軟水の中でもとりわけ軟度が高い。酒造りに適した環境で、4代にわたり、すっきりした地酒を醸造している。
- 当社では、2012年ごろから輸出に取り組み始めた。徐々に販路を拡大し、現在、中国、香港、マレーシア、シンガポール、ベトナム、カンボジア、ミャンマーの7カ国・地域に輸出している。輸出量は、年によって変動もあるが、仕向け地としては、香港と中国向けが多い。
- 質問:
- FTA/EPAの活用状況について伺いたい。
- 答え:
- ベトナムとカンボジア向けの輸出において、日本・ASEAN包括的経済連携(AJCEP、注1)協定を活用している。それぞれ毎月輸出があり、そのたびごとに活用している。
- 質問:
- EPA/FTA利用のきっかけは。
- 答え:
- ベトナム向け、カンボジア向けとも、それぞれインポーターからの要請に基づいて利用を開始した。
- ベトナムの輸出先は、地場日本食品卸大手SimBa(シンバ)。カンボジアの輸出先は、日系の食品卸のダイシントレーディングに輸出している。
EPAの活用は「使わないデメリットが大きい」ため
- 質問:
- FTA/EPA利用にあたって、一番のメリットは。
- 答え:
- 関税の引き下げだ。ベトナム向けの場合、通常の税率(MFN税率)が55%のところ、AJCEPで8%に低減する。カンボジア向けでは、通常35%のところ10%だ。ただし、それらはあくまで現地サイドでの話になる。当社がインポーターから受け取る代金が変わるわけではない。現地での販売価格が引き下げられることにより自社製品の競争優位性が高まり、現地での販売が増えることで、間接的に当社の売り上げに貢献しているという認識だ。国内競合他社も、同様にEPAを活用しているだろう。そう考えると、活用しないという選択肢はなくなる。使うメリットがあるというより、使わないデメリットの方が大きいという印象だ。
デミニマス規定を活用
- 質問:
- FTA/EPA利用上の課題はあるか。
- 答え:
- 手続きが煩雑であるという点だ。関税分類変更基準(CTC)のうち、CTH(4桁変更)で原産性を判定している。原材料である水、コメ、米麹、醸造アルコールのうち、醸造アルコールは輸入している(最終製品のうち醸造アルコールの割合は2~3%)。そのため、原産地判定で救済規定のデミニマス(僅少の非原産材料)制度の活用が必要になった(注2)。この制度により、一部原材料が輸入品であっても日本産としての原産地証明が取ることが可能になる。そういう側面がある一方で、当初、その制度の手続きなどがわからなかった。対処方法は名古屋商工会議所に確認し対応したとはいえ、初めてのことで苦労することも多かった。
- 現在、ベトナムには10銘柄を輸出しているが、商品ごとに商工会議所への登録が必要になる。こうしたことも、中小企業にとっては負担だ。
代表取締役自ら積極的に営業し、販路を拡大
- 質問:
- 貴社の販路開拓の手法についてお伺いしたい。貴社は多くの国・地域に輸出しているが、どのように開拓してきたのか。
- 答え:
- 最初のきっかけは、知り合いが現地で飲食店を経営したこと。縁があって商品の取り扱いが決まった。ほか、ジェトロなどが主催する国内外の商談会・展示会にも積極的に参加している。また、すでに代理店などがある国の販路拡大については、自身で直接営業に行き開拓してきたケースが多い。
- 一例として、近年力をいれているベトナムとカンボジアでは、新型コロナウイルス(以下、新型コロナ)禍前はベトナムには毎月、カンボジアには2カ月に1回は自身が現地に営業のために渡航していた。サンプルとベトナム語やクメール語の簡単なパンフレットを持ち、友人・知人の紹介で現地の日本食レストランなどを1件ずつ回った。その後、現地の代理店側に訪問先の情報を共有し、代理店からも営業をかけてもらっていた。
- 現地で商品をインポーターに取り扱ってもらうには、まず商品を使ってくれる飲食店など(インポーターからすれば販売先)がないと商売にならない。こうした手法をとったのは、そのためだ。
- 質問:
- その他、販路開拓で工夫している点はあるか。
- 答え:
- ベトナムとカンボジア向けの日本酒については、日本国内で流通させているものとはラベルを変えている。当社の国内の日本酒のラベルは、自社の酒蔵名が入った漢字のロゴだ。海外向けは、現地の人にもわかりやすいロゴに変えている。宝船をモチーフにしたラベルで、現地のインポーター側の日本人アドバイザー(当時)からのアイデア。当社は元々オリジナルラベルの日本酒も受けていたため対応した。
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- 質問:
- 今後の海外展開戦略についてお伺いしたい
- 答え:
- EPA活用のあるなしにかかわらず、輸出を拡大させていきたい。新型コロナ禍の影響があり、ここ2年は海外を訪問できていない。また、ベトナムで一番の取引先だった店舗が新型コロナ禍で撤退しまった。このように、コロナ禍は当社の海外ビジネスにも影響を及ぼした。
- 現在、各国が入国規制や隔離措置を緩和・撤廃する流れになってきている。しかし、ベトナムなど、まだ感染が拡大している国もある。頃合いをみて渡航することを考えている。 ただし、新型コロナ禍前は、香港とホーチミンなど2~3カ国・地域まとめて出張できていた。入国規制は緩和の方向にあるにせよ、各国ごとに入国条件や必要な手続きが異なるなど、新型コロナ禍前と比較して依然ハードルがある。そのため、今後どのようにしていくか検討中だ。
- 市場としては、今後はカンボジアに力をいれていきたい。同国は他国と比べて規制が少なく、タイなどと比べて競合も少ない。経済発展の勢いもあり、訪れるたびに国の成長を実感する。その成長に合わせて、日本酒のマーケットを拡大させていきたい。
- 注1:
- AJCEPは、日本とベトナム間では2008年12月に発効。カンボジア間は、2009年12月発効。
- 注2:
- AJCEP上、アルコールが包含されるHS22類では、非原産材料の総額がFOB価格の10%以下の場合、原産性が認められる。
参考:経済産業省「日アセアン包括経済連携(AJCEP)協定FAQ(304KB)」
- 執筆者紹介
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ジェトロ海外調査部アジア大洋州課
三木 貴博(みき たかひろ) - 2014年、ジェトロ入構。展示事業部海外見本市課、ものづくり産業部ものづくり産業課、ジェトロ岐阜を経て2019年7月から現職。