国内法で人権侵害行為に対する制裁を規定、対策の開示義務も(イタリア)
「サプライチェーンと人権」に関する主要国の政策と執行状況(3)
2021年6月10日
企業活動の中で人権を尊重する関心・要請が国際的に高まっている。そうした中、海外ビジネスを行う企業は関係国の法令や政策にも留意し、企業内およびサプライチェーンでの人権侵害リスクを予防・軽減する対策(人権デューディリジェンス)を講じることが重要だ。本稿では、イタリア事業での対策導入に向けて参考に資するため、企業などによる人権侵害行為に対し行政上の責任を追及し制裁を科す法律や、大企業などが開示義務を負う非財務情報に人権尊重対策を含む義務などを紹介する。
イタリアで営業する場合、日本企業にも行政制裁適用の可能性
イタリアには、企業などによる人権侵害を含む違反・違法・犯罪行為に対し、行政上の責任を追及し制裁を科す法律「法人・企業・団体の行政上の責任法」(立法令2001年231号)がある。明示的に規定された特定の違反・犯罪が(第2条)、企業内部の経営者・幹部・従業員によって、所属企業の関心または利益のために(第5条)なされた場合、適用される。また、企業の国籍や本社所在地、主な活動拠点などにかかわらず、イタリアで営業する限り外国企業も規制対象となる旨、毀損(きそん)院が2020年に判示した(判決文(1.06MB)15ページ6.6)。すなわち、日本企業にも適用される可能性があるわけだ。
規制対象の違反・犯罪行為は、IT犯罪などを含め多岐にわたる。もっとも2001年7月の施行当初は、詐欺や贈収賄など少数に限定されていた。しかし、2006年に女性性器切除の慣行(第25条の4の1)、2008年に労働安全衛生規則に違反してなされた過失致死傷罪または重度の傷害罪(第25条の7)、2015年に環境に対する犯罪(第25条の11)、2017年に人種差別および外国人排斥(第25条の13)と、人権に関する違反・犯罪行為が追加されてきた。
同法令が定める行政制裁の内容は、(1)罰金、(2)資格喪失、(3)没収、(4)判決文公開だ(第4条第1項)。そのうち、資格喪失の内容は、(1)事業を行う資格の喪失、(2)免許・許可・認可の停止または取り消し、(3)公的サービスの履行を除く公的機関との契約の禁止、(4)資金提供・寄付・補助金などからの除外、およびすでに付与されたこれらの取り消し、(5)商品やサービスの広告禁止、とされる(第4条第2項)。
EUの非財務情報開示指令を国内法制化
イタリアまたはEU圏内の市場に上場する企業のうち、事業年度の従業員を平均500人以上有し、(1)貸借対照表の合計が2,000万ユーロ、または(2)販売およびサービスからの総純収入が4,000万ユーロ以上の大企業は、非財務情報を開示する義務を負う。大規模グループ会社の親会社で、イタリアまたはEU圏内の市場に上場する場合も、同様だ(立法令2016年254号第1条)。これは、EUの非財務情報開示指令を国内法制化した結果だ。
情報開示にあたっては、「事業活動、業績、結果およびそれらの影響を確かに理解するために必要」で、「企業の活動と特徴を考慮に入れたときに関連する環境・社会・人材の課題・人権の尊重・腐敗防止への対策」を盛り込む必要がある。その際、少なくとも次の(1)~(3)を記載することが定められている(立法令2016年254号第3条1項)。
- (1)
- ビジネス継続性モデルによるリスク管理方法。
- (2)
- デューディリジェンスを含む企業の実施方針、それにより達成された結果、および関連する非財務的主要業績指標。
- (3)
- 会社活動、製品、サービス、サプライチェーンやサプライヤーを含む商業関係から発生または被った主なリスク、リスクの管理。
非財務情報を公表している企業などの一覧は、イタリア証券取引委員会(Consob)ウェブサイトに掲載されている。なお、開示義務がないにもかかわらず、任意に国際認証(Bコーポレーション)を取得する企業もある。Bコーポレーション認証により、従業員、顧客、サプライヤー、コミュニティおよび環境などに配慮を施している企業であることを示すことができる。こうした取り組みは、ブランドイメージの保持・向上のために有益だ。
新国家行動計画書策定に向け、準備が進む
国連人権理事会で採択されていたのが、「ビジネスと人権に関する指導原則」だ。これを受け、イタリア外務省に設立された人権省庁間委員会(CIDU)は2016年、企業活動における人権保護の促進を図るため「企業と人権に関する国家行動計画書2016-2021年(432.54KB)」を策定した。 この計画書では、次の6つを優先事項として挙げている(7ページ目)。
- 特に中小会社に注意を払い、潜在的なリスクを特定・防止し、軽減することを目的に人権デューディリジェンス手続きを推進。
- 特に移民(難民)や人身売買の被害者に注意を払い、(特に農業・建設部門の)不法就労、強制労働、児童労働、奴隷労働、その他の違法ないし不当な労働へ対策。
- ビジネスの国際化過程で、特にグローバルな生産プロセスに関連して基本的労働権を促進。
- 人権に基づく開発のため、国際協力の枠組みにおけるイタリアの役割を強化。
- 差別や不平等の対策を講じ、機会均等を促進。
- 環境保護と持続可能性(サステナビリティ)を推進。
なお、同計画書2021-2026年版の起草に向けて、パブリックコメントの募集(980.56KB)が2021年3~4月に行われた。
「サプライチェーンと人権」に関する主要国の政策と執行状況
- カリフォルニア州サプライチェーン透明法の概要と執行状況(米国)
- 英国現代奴隷法の最新動向と企業の対応
- 国内法で人権侵害行為に対する制裁を規定、対策の開示義務も(イタリア)
- 人権関連の法制化が進む一方で、順守体制に課題も(フランス)
- 域内統一ルールを志向し、多様な手法で人権侵害抑止を狙う(EU)
- ドイツで審議進む人権デューディリジェンス法案の概要と動向
- 児童労働規制が先行、より広範な人権デューディリジェンス法案の審議へ(オランダ)
- 法制化の動きは限定的(スペイン)
- 人権侵害に対する施策が日系企業にも影響(米国)
- 年間収益1億豪ドル超の企業に報告を義務化(オーストラリア)
- 米欧と協調した対中措置と、「現代奴隷法」制定の動き(カナダ)
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