飛騨の家具、海外輸出を外国人とともに(日本、香港)

2021年1月7日

伝統ある飛騨の匠(たくみ)の技術により、高品質で洗練されたデザインの木製家具を製造する日進木工(本社:岐阜県高山市)。同社は、2010年から自社ブランド製品の輸出を開始し、現在はシンガポールや香港など8カ国・地域に輸出している。2020年1月から新たに日本で採用した香港人を海外販路担当に据え、新型コロナウイルス禍においても、さらなる海外販路開拓に取り組んでいる。同社の北村卓也代表取締役社長と海外販路担当の陸芳笙(ティファニー ・ロック)氏に同社の海外展開状況を聞いた(2020年11月27日)。


日進木工の北村社長(右)、海外販路担当の陸氏(左)(ジェトロ撮影)

「飛騨の匠」の技術で製造する木製家具を海外に

質問:
会社概要と海外展開について。
答え:
(北村社長)当社はダイニングテーブル、チェアなどの木製洋家具の製造事業のほか、文化財修復・建具製造事業を行っている。戦後間もない1946年に創業し、当初はスコップや電気ヤグラコタツなど家庭用の木製雑貨を製造していた。転機は1957年。地元の老舗木工メーカーから、米国向け輸出用折り畳み椅子の生産を受注し、その際に現在の椅子作りの礎となる、木材の含水量を調節し蒸して曲げる「曲げ木技術」を含む制作ノウハウを伝授された。「飛騨の匠」の技術を受け継いだのだ。
折り畳み椅子をはじめとするOEM製造は好調だった一方、それに依存しすぎるとリスクとなる。そこで、北欧モダンデザインを参考に、今まで学んできた椅子作りのノウハウを注ぎ込んだ自社デザインチェアを1968年に製造・開発した。「椅子の日進木工」が誕生した瞬間だ。
海外の展示会に初めて出展したのは、1999年にパリで開催された国際見本市。その後、木工・陶器・繊維・和紙など岐阜県産品でライフスタイルをトータルコーディネートし、世界に向けて発信・提案し海外市場を開拓することを目的に、「Re-mix Japan」グループ(注)を発案・発足した。そして、その活動を足掛かりに2004年から約10年間、フランスのメゾン・エ・オブジェなど、海外の著名な見本市に出展し続けた。
自社ブランド製品の輸出先は現在、8カ国・地域。2010年に香港、2011年にシンガポール、2012年に韓国と立て続けに取引が始まり、その後も中国、オーストラリア、米国、台湾と拡大している。国内外の展示会への出展やジェトロのバイヤー招聘(しょうへい)事業への参加を契機に、それぞれの国・地域の販売店と売買契約を結び、社内に輸出体制も整えてコンスタントに輸出できるようになった。コロナ禍でも3カ国から新規の引き合いが来ており、商談中だ。

シンプルでモダンな空間を日進木工の家具が創出する(同社提供)

アジアNo.1である日本の家具メーカーの木工技術を学びたい

質問:
なぜ日本の家具メーカーで働くのか、現在の業務内容は。
答え:
(陸氏)私はイギリス(英国)の美術系大学を卒業した後、香港の家具業界に身を置いていたが、木工技術とデザインを学ぶために2017年に来日した。アジアの中では日本の家具の木工技術が最も高く、かつデザイン性に優れていると考えたからだ。
数ある家具メーカーの中で日進木工を選んだのは、当社の香港代理店のイベントに参加した際に、当時の海外営業担当者から声をかけてもらったことがきっかけだ。それまで岐阜県や飛騨高山地域を訪れたことはなかったが、歴史ある家具産地の大手メーカーで、かつ特徴的なモダンデザインを有する日進木工で働きたいと考え、渡日を決断した。2020年1月から当社で働き始め、今は海外営業担当として勤務するかたわら、週3日の工場研修で木工技術を学んでいる。
当社の輸出は直接貿易のため、インボイスやパッキングリストも当然自社で作成する。貿易書類を日本語で書くことは、外国人の私にとって大きなハードルだ。日常会話の日本語と全く異なるからだ。英語で書かれた貿易実務の書籍や、ジェトロが出版している関連書籍を読んで勉強している。
質問:
北村社長から見て、陸氏の働きぶりは。
答え:
(北村社長)過去に外国人(米国人・ドイツ人)を受け入れたことはあるが、いずれも木工製造技術を学びたいというインターン生だった。正社員として外国人を採用したのは初めてのことだ。仕事のみならず日本での生活を問題なく始められるか、当初は心配していたが、誰に言われるでもなく自ら地域の交流の場所に積極的に参加してコミュニケーションをとるなど、順調のようだ。当社には年齢層が近い社員が多いこともあって、定期的に開催する社内交流会などを通してすぐに打ち解けてくれた。
工場研修を通してデザインを含めた製造過程を学んでもらいつつ、海外ビジネスを担当してもらっている。英語、日本語、中国語(マンダリン)、そして母国語の広東語を操る語学力は印象的だ。レスポンスが速いのでかなり助かっているし、無くてはならない存在だ。例えば彼女が入社してしばらく経った後、とある海外のホテルから椅子の注文をいただいた。当社のSNS(フェイスブック)を見て、注文をしてくれたという。実は、このフェイスブックを英語で発信しているのは彼女だ。即座に英語で返信し、その後もつつがなく商談を継続させ、受注につなげている。海外からの引き合いや既存顧客との連絡においても、ウィーチャットやワッツアップといったSNSツールを用いて迅速に対応し、相手先との緊密な関係を築いている。
バイタリティーが長所の1つだ。同年代の日本人と比較しても、ガッツがあると感じる。そもそも外国に1人で来て生活するというのは、誰にとっても大変なこと。仕事をするとなればなおさらだ。適応能力の高さは目を見張るものがあるし、日本人とは違った真面目さがあるな、と感じている。1つの仕事をスピード感をもって、かつ丁寧に進めていく能力を彼女は持っている。可能性をとても感じる。

まずはやってみる。日本製の良さを丁寧に説明し、チャンスをつかむ

質問:
中小企業の海外展開に関するワンポイントアドバイスを。
答え:
(北村社長)誰でも、最初は失敗する。石橋をたたいて渡るのは日本人の特性で悪いことではないが、行く前からリスクを考えると何もできなくなる。最初は市場調査でもいいので、まずはハングリー精神のもと、行動することが大事。可能性はどの会社にもあり、その可能性に気付く1つの手段が展示会だ。コロナ禍の今は難しいが、出展してみるとよいだろう。 当社はものづくりにあたって、そして製品を海外に輸出するにあたって、日本人にしかできないクラフトマンシップが大事だと考えている。「Made in Japan」だけでは不十分だ。例えば、原材料の良さに加えて、しっかりした技術に基づき、繊細さをもって加工している過程をみせなければ、「Made in Japanで高品質です」と言っても、外国人には伝わらない。
海外市場の取り組みには、常に先を読むという、先行投資的な要素が求められる。そしてリスクも隣り合わせ。しかし、チャレンジを行うことが、数十年後には必ず会社にとって重要な財産になる。当社としても、国内需要がシュリンクする中で海外での売り上げを獲得していきたいという目的もあるが、それよりも自社の家具が世界で受け入れられる喜びはひとしおだ。

取材後記

北村社長が陸氏を評価する際、言語面以外で「外国人だから」「香港人だから」という前置きは一切なかった。他の日本人従業員と隔てなく仕事を任せ、平等に評価する。外国人と働くうえで最も重要かつ難しいこの点を、日進木工は日々実践されていると感じた。

家具の輸出は物流コストが他製品に比べて高くなるため、海外市場の販路拡大は簡単なことではない。それでも同社は数十年前から先を見据え、海外展示会への出展を続け、現在は外国人とともに海外市場に挑んでいる。この姿勢は、まさに社名の由来「日進月歩」を体現している。


注:
「岐阜県ものづくり実証流通を拓(ひら)くルネッサンス事業」のもと、木工・陶器・繊維・和紙など岐阜県産品でライフスタイルをトータルコーディネートし、世界に向けて発信・提案し海外市場を開拓することを目的に、2002年に発足したグループ。2004年から約10年間、メゾン・エ・オブジェなど海外の著名な見本市に出展し続けた。
執筆者紹介
ジェトロ岐阜
渡邉 敬士(わたなべ たかし)
2017年、ジェトロ入構。海外調査部アジア大洋州課(2017年~2019年)にて東南アジア・南西アジアの調査業務に従事。
専門はフィリピン・スリランカ。 2019年7月より現職。