なぜ外国人の起業を支援するのか?
国際的なスタートアップの都「Startup Capital Kyoto」へ(1)

2021年11月11日

グーグル(Google)、ズーム(Zoom)、ウーバー(Uber)、テスラ(Tesla)、ファイザー(Pfizer)、モデルナ(moderna)。これらは、世界を席巻するテクノロジー企業や新型コロナウイルスのワクチンを開発する製薬会社だが、外国人や移民が米国で創業したという共通点も有する。外国人や移民が雇用を奪うという不安が、今も米国を含め世界各地を覆う。だが、現在の世界を支える技術やサービスの中には、こうした「よそ者」が新たに作り出したものも多い。

こうした、産業の競争力強化に資する外国人起業家の受け入れ拡大に向け、2021年9月現在、日本では17の自治体が「スタートアップビザ」を導入している。京都では、2020年4月から実施している。スタートアップビザ(startup visa)とは、起業を予定する外国人に一時的な在留資格を認める制度であり、近年、海外でも導入が進んでいる。

だが、そもそもなぜ外国人の起業を支援する必要があるのだろうか。現在、国内外ではどのような支援を提供し、その結果としてどのような成果が生まれ、どのような課題が生じているのか。本稿では、京都の事例などを踏まえつつ、今後、日本国内や京都において取るべき方策を検討する。

本稿は5本の連載である。その構成としては、(1)において、米国・シリコンバレーと日本との比較を通じ、外国人の起業を支援する意義を明らかにする。続いて(2)では、国際的に導入が進むスタートアップビザ制度の概要を整理したうえで、(3)において日本のスタートアップビザの特徴と課題を明らかにする。こうした議論を踏まえ、(4)および(5)にて京都における外国人の起業支援の内容や成果、課題を論じる。

多様性がイノベーションの源泉となる、シリコンバレーのエコシステム

世界で最も進んだスタートアップ・エコシステムとして名高い、米国・シリコンバレー。その特徴の1つとして挙げられるのが、外国人や移民による起業である。シリコンバレーでは、全人口のうち外国出身者の割合は39%に達し、全米平均の14%を大きく上回る(注1)。また、米国政策財団(NFAP)の調査によると米国発ユニコーン企業の半数以上が1人の移民の創業者を有しているという(注2)。

シリコンバレーのエコシステムを研究する法政大学・田路則子氏は、「米国の起業家活動は、外国出身者が支えてきた。特に、インドや中国をはじめとする外国出身の起業家が、簡単には自国に戻れないという決意のもとで必死に頑張ってきた」と指摘する。田路氏が2012年に実施した、シリコンバレーと東京のウェブビジネスの起業家を対象とした調査によれば、シリコンバレーの回答者の半数が市民権を有していなかった。これは、留学後米国にとどまって起業をする、または、在留許可を取って起業したことを示しているという(注3)。

では、そのような外国人や移民による多様性がなぜ重要なのだろうか。シンギュラリティユニバーシティ(Singularity University)やエックスプライズ(XPRIZE)財団において企業や社会が抱える課題をつなぎ合わせるソリューションキュレーターを務めるジュン・ストウ(JunSuto)氏は、「異なる背景を有する人と協力すれば、新しいアイデアや多様な意見が生まれるとともに、資金や経営資源を呼び込みやすくなるため、世界に大きなインパクトをもたらす課題解決が可能になる」と語る。シリコンバレーには、たとえ英語がなまっていようとも優れたアイデアであればまずは話を聞いてみる、といった文化が存在しているという。こうした環境であればこそ、大胆なアイデアも提起できるようになると指摘する。

かつてスタンフォード大学で産学連携を担当し、現在は京都工芸繊維大学で産学連携を担当するスシ・スズキ(Sushi Suzuki)氏は、シリコンバレーで多様性に富んだエコシステムが形成された理由について、英語という言語に加え、世界中から留学生が集まってくるという点に着目する。IT産業が盛んなシリコンバレーでは、プログラマーやエンジニアが求められている。こうした専門性の高い情報分野を専攻すれば今後、飯のタネには困らないという期待のもと、アジア系を中心に海外の人材が集まってくる。その結果、今やシリコンバレーでは人種の多様性が当然のように存在しているという。


オンラインイベント「Kyoto Innovation Night Ver.2.0外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」(注4)で「なぜ『よそ者』が必要なのか」について議論を交わす、右上から時計回りでジュン氏、スシ氏、田路氏、ジェトロ曽根理事。ジュン氏は、米国の寛容性を体現するかのように、奇抜な身なりで米国・ロサンゼルスから出演した(ベンチャーカフェ東京撮影)

なぜ、日本に多様性が必要なのか

近年、日本でも企業の経営に携わる外国人が増加している。外国人が企業などの事業の経営、管理を行う際に取得する在留資格「経営・管理」 の2020年時点の資格保有者数は、「経営・管理」が導入された2015年の2倍近くにまで増えている(注5)。ただし、「経営・管理」は、起業家のみならず、役員などの経営者層や、部長や工場長、支店長などの管理職も含む。

それでも、現在の日本では、多様性や海外とのつながりを必ずしも強く求めてはいない。田路氏は、「世界3位の経済規模の市場を誇る日本では英語を習得しようという個人の意識もまだ低い」と指摘する。田路氏が在外研究で訪れたスウェーデンでは、国内市場の小ささから必然的に海外市場を意識せざるを得ず、英語の習得が必須になっていた。一方で、日本において英語が必然的に求められる場面は多くない。加えて、日本国内には、既存の雇用を奪う存在として外国人を警戒する声も存在する。

では、なぜ日本に外国人起業家が必要なのだろうか。シリコンバレーの特徴でもある多様性によるイノベーションの創出に加え、有識者からは海外展開の促進および起業の活性化という2点が挙げられた(注6)。

ジェトロの曽根一朗理事は、日本のスタートアップ企業の海外展開という観点から多様性の重要性を指摘した。日本のスタートアップ企業の多くは日本人だけのチームから構成されており、また国内市場を想定した製品やサービスを開発している。このため、海外展開に取り組んでも、海外からは高い評価を得られず苦戦することも多い。一方で、国際的な視点が取り込まれた外国人が創業した企業は、海外のニーズを踏まえた製品やサービスを開発し、より広い市場を獲得するとともに、質の高い人材や多くの資金を呼び込むことも期待できる。また、海外とのつながりの強さを生かした、国内産品の輸出拡大も期待することができる。

一方、起業の活性化という観点に着目するジュン氏は、日本は技術の成熟度が高いこともあり、起業家精神が旺盛で精力的な人材が少ないと指摘している。シンギュラリティユニバーシティの活動を京都で展開した際に、他国と比較してそのような人材を見つけるのに非常に苦労したと話す。日本では起業家教育を求める地域の企業や公的機関のニーズも低く、活動の定着にも時間がかかったという。

日本の起業家精神は、国際比較でも低い水準とされている。グローバル・アントレプレナーシップ・モニター(Global Entrepreneurship Monitor)が世界50カ国を対象に実施した起業家精神に関する調査によれば、日本は、起業活動の社会への浸透度合いをあらわす「起業活動浸透指数」、人材や資金などの経営資源を集めるうえで前提となる有望な事業機会の認識をあらわす「事業機会認識指数」、経営資源の調達や管理運営に必要な知識・能力・経験を示す「知識・能力・経験指数」が最低であり、他国を大きく下回る(注7)。スシ氏は、「現在の大学生は、留学生を含めて起業が選択肢の1つになっている学生が極めて少ない。起業が卒業後のオプションとなり、卒業生の1%でも起業をするようになれば、大きな変化をもたらすことができる」と期待を寄せている。

それでは、日本は今後、シリコンバレーのような多様性のあふれる社会を目指していくべきなのだろうか。有識者は、「シリコンバレーのような社会を、歴史や文化が異なる日本でそのままつくろうとする必要はない」と口をそろえる。シリコンバレーは、もともと移民が盛んな歴史をもつ米国の中でも際立って外国出身者が多く、さらに、企業の新陳代謝が非常に早く競争が激しい地域である。シリコンバレーのベンチャーキャピタルは一部の名門大学を卒業した白人男性が多数を占めており、有色人種や女性が十分な投資を受けられていないという批判も存在する(注8)。そうした実情を考慮したうえで、日本、さらには各地に合わせた外国人起業家を取り込んだ社会をいかに築いていくかがカギとなる。


注1:
Joint Venture Silicon Valley, 2021 Silicon Valley Index, 2021, p19.
注2:
National Foundation for American Policy, ‘Immigrants and Billion-Dollar Companies’, NFAP Policy Brief, 2018.
注3:
田路則子、新谷優「米国シリコンバレー: IT ビジネスの興隆を支える移民のシリアル・アントレプレナー ([特集] 英米のイノベーション先進地域のエコシステム)」『研究 技術 計画』30巻4号 (2016年)、316-317ページ。
注4:
2021年3月18日、ジェトロ京都・京都府・京都市・ベンチャーカフェ東京(Venture Café Tokyo)は、外国人の起業やコミュニティの構築などに焦点を当てた「Kyoto Innovation Night Ver.2.0」を開催した。当日の映像は、ベンチャーカフェ東京(Venture Café Tokyo)のユーチューブ(YouTube)チャンネル外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますで視聴可能。
注5:
法務省「在留外国人統計(旧登録外国人統計)統計表」。「経営・管理」は、2014年の法改正によって変更された資格であり、従来の「投資・経営」では外資系企業の経営・管理しか認められていなかったが、現在では日系企業における経営・管理活動も可能となっている。
注6:
外国人材の起業に期待される効果を説明する論考として、野村敦子「起業促進に向けたインバウンド戦略―海外における外国人起業人材の受け入れ促進策と日本への示唆―」日本総研『リサーチフォーカス』、2015年、No.2015-010PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(519.15KB)
注7:
みずほ情報総研株式会社「経済産業省委託調査 平成31年度 グローバル・スタートアップ・エコシステム連携強化事業 起業家精神に関する調査報告書(令和元年度)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(2.97MB)」2020年。
注8:
テック業界におけるダイバーシティの未来(1):白人版オールド・ボーイズ・クラブ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」Tech Crunch Japan、2020年6月25日。
執筆者紹介
ジェトロ京都
大井 裕貴(おおい ひろき)
2017年、ジェトロ入構。知的財産・イノベーション部貿易制度課、イノベーション・知的財産部スタートアップ支援課、海外調査部海外調査企画課を経て現職。