米国規制の潮流と日本企業の留意点
経済産業省・ジェトロ共催「サプライチェーンと人権」セミナーから

2021年12月22日

米国では、サプライチェーンと人権をめぐる問題は重要な政策課題となり、企業にとって喫緊の経営課題となりつつある。強制労働に関連する製品の輸入差し止めや、人権侵害の疑いがある外国企業への輸出管理規制の強化などの措置は、日系企業にも影響を与え得る。ジェトロが11月9日に経済産業省と共催したウェビナーには、米国務省高官や実務に詳しい現地弁護士らが登壇し、450人超が参加した。以下、講演の要旨を紹介する。

国際的な動向を把握し、事業経営への影響を想定

ウェビナーの冒頭、経済産業省の柏原恭子大臣官房ビジネス・人権政策統括調整官は、欧米における規制の動向や日本政府の対応を紹介した。

国連人権理事会で2011年に「ビジネスと人権に関する指導原則」が全会一致で支持されてから10年、欧米諸国は関連規制を導入してきた。規制を大別すると、企業に人権デューディリジェンス(DD)の実施を求めるものと、政府自身が輸出入規制を行うものがある。強制労働により製造された製品への輸入規制については、米国などが導入済みで、欧州でも最近、欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長が、同製品の欧州市場への上市禁止を提案すると発言している。

人権DDについては、EUの各加盟国のレベルで制度が導入されている。さらに、EU全域で人権DDを義務化する指令案が2021年内にも出る見込みだ。米国や日本で事業を行う企業には直接の適用はないかもしれないが、欧州の企業と直接・間接に取引をする場合には、影響があり得るので、欧州のことといえども我が事として要注視。また、EUは2021年7月に、サプライチェーンにおける強制労働のリスク対処に関するDDガイダンスを出している。内容は、国連やOECDが示す国際的な基準に沿い、人権DDが義務化されるまでの間の企業にとっての指針となる。

欧州各国の中でも注目されるのが、ドイツのサプライチェーン法だ。2021年6月に法案が成立し、2023年1月から施行される予定(2021年6月30日付ビジネス短信参照)。人権DDの実施やその結果の公表などが義務付けられており、違反企業は高額の罰金や公共調達への入札禁止の対象となり得る。対象企業は、一定数の従業員を有し、ドイツを本拠地とする企業、または、ドイツ国内に支店・子会社を持つ企業だ。ドイツ企業と直接取引する企業はDDの対象となり、間接的に取引を行う2次サプライヤー以降であっても、苦情などが寄せられればDDの対象となるため注意が必要だ。

日本政府としては、国連の推奨に基づき、2020年10月に行動計画を策定した。同計画には、日本政府が行うべき事項が記載されている一方、企業に対しても、国際基準を踏まえ、人権DDのプロセスを導入することを期待することが書かれている。経済産業省内に専門部署を新設し、情報提供(経済産業省外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますジェトロ)を強化している。また、日本企業の取り組み状況や政府への要望を把握すべく、日本政府として初の大規模調査を実施している(注1)。

2021年10月に開催されたG7貿易相会合に出席した萩生田光一経済産業相は、サプライチェーンにおける人権侵害、強制労働の排除への日本のコミットメントを示した上で、G7・有志国との連携や、企業が公平な競争条件の下で人権尊重に取り組める環境整備が不可欠であり、そのために、企業の予見可能性を高める国際協調・仕組みづくりが重要であると訴えた。企業にとっては、国際的な動向を把握して、自社の事業経営に対するインプリケーションを考えることが今後重要となる。人権問題への対応は消極的なリスク回避だけではなく、企業の新たな事業機会にもなり得る。取引先や投資家から選ばれる企業になり、国際競争力の向上にもつながる。

米国政府一体で「頂点への競争」を推進

続いて、米国務省民主主義・人権・労働局のスコット・バスビー首席次官補代理代行が、米国政府のビジネスと人権への取り組みを説明した。

米国は、連邦政府の公開情報や諮問委員会などを通じて、ビジネスとサプライチェーンに影響し得る情報を提供している。国務省は国別人権報告書外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます人身取引報告書外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます外国政府による国内反体制派などの監視を目的とした契約取引に関するガイダンス外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます、労働省は劣悪な児童労働のケースに関する年次報告外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます児童・強制労働の疑いがある製品リスト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますなどをそれぞれ公開している。また、国務省などから成る諮問委員会は、民間部門のグローバルな調達・経営判断をサポートすべく、中国・新疆ウイグル自治区を含むサプライチェーンに関する勧告(2021年7月14日付ビジネス短信参照)を作成した。同勧告では、米国政府の取り組みに加え、英国の「現代奴隷法」など、他国のDD要件も紹介している。そのほか、サプライチェーンとの関係では、米政府は労働省の専用アプリ(Comply Chain)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます国務省出資のツール(Responsible Sourcing Tool)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますも提供している。

通商政策では、例えば、サブサハラ以南のアフリカ諸国に特恵関税待遇を与えるアフリカ成長機会法(AGOA)は、その資格要件に人権尊重や労働者の権利保護が含まれる。現在失効中で議会審議中の一般特恵関税制度(GSP)についても、途上国が特恵関税を享受する条件として、国際的な労働基準に関して、今後どのような基準が盛り込まれるかを見守る必要がある。最も先進的な労働条項が盛り込まれている米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)など、米国の自由貿易協定(FTA)には労働者の権利に関する取り組みが規定されている。

米国は、1930年関税法307条に基づき、全部または一部が強制・児童労働に依拠するかたちで採掘・生産・製造された製品の輸入を差し止めることが可能だ。米税関・国境保護局(CBP)が執行機関として、輸入の差し止め(違反商品保留命令:WRO)を行う。WROは、特定企業を対象にする場合もあれば、対象地域全体からの輸入を対象にする場合もある。例えば、マレーシアについては複数の個別企業が製造するゴム製手袋の輸入を差し止めている(2021年11月9日付ビジネス短信参照)。他方、中国の新疆ウイグル自治区については、同区で生産される綿とトマト(製品)は全面的に差し止め対象となっている(2021年1月15日付ビジネス短信参照)。なお、商務省は、人権侵害を含めて米国の安全保障・外交上の利益に反する行動への関与(リスク)がある事業体をエンティティー・リストに掲載している。該当事業体に米国製品を輸出などする場合で、輸出管理規則に抵触する特定の取引に関しては事前許可が必要となる(2021年11月4日付ビジネス短信参照)。

米国通商代表部(USTR)のキャサリン・タイ代表は2021年10月のG7貿易相会合で「米国は貿易パートナー国や産業界などと連携して、人権と国際的な労働基準を尊重し、『頂点への競争(Race to the Top)』を追求する用意がある」と発言した。同代表の発言どおり、パートナーシップは重要だ。米国は、国連の指導原則を順守する企業を助力すべく、「民間の安全保障サービス事業者に関する国際的な行動指針(ICoCA)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」や石油ガス・鉱物関連事業向けの「安全保障・人権イニチアチブに関する自主原則外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」の策定を支援した。また、「ベター・ワーク(Better Work)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」計画については、ILOと国際金融公社(IFC)との連携の下で立ち上げに関与している。同計画には、アシックスやユニクロ、良品計画など日本企業も参加し、衣料産業の労働条件の改善に取り組んでいる。

公開情報に基づく事前対応の重要性強調

最後に、メイヤー・ブラウン法律事務所のシドニー・ミンツァー弁護士と村瀬悟弁護士が企業活動の実務上の留意点を解説した。

WROの発出はこれまでまれだったが、2016年の法改正以降(注2)、調査件数は約30件に急増し、事案によっては数千社に影響する。調査そのものがメディアの注目を浴び、調達計画に重大な混乱が生まれる。中国がWROの標的とされがちだが、ブラジルやマレーシア、メキシコなどの事例も多数ある。WROの範囲は、特定企業から、州や自治体、国全体に及ぶ。過去に担当した案件では、マラウイのたばこ農家にWROが2019年に発出された。たばこ農場の数が多いため、CBPはWROを全国に適用し、サプライチェーンの下流に甚大な影響が及んだ。

WROは、内部告発やNGOの情報提供により調査が開始される場合がある。合理的な疑義があれば、CBPはWRO発出が可能となる。CBPは強制労働に関わるILOの11基準PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(4.03MB)に1つでも該当すれば、WROを検討し得る。WROを受けた輸入者は、差し止めから3カ月間が強制労働の不在を証明する期間となるが、証明が成功するまで対象製品の輸入ができない。WROにはサプライチェーン上のリスクに加え、風評被害の影響もある。強制労働に関与していると主要紙で報じられれば、企業のブランドや評判に傷がつく。公開情報を察知して、専門家と相談して早期に対応することが重要だ。

前述のマラウイの事案では、強制労働の予防策や第三者の監査を活用した監督体制の構築、経営方針の改善などがCBPに認められ、WROが取り下げられた。一方、その対応には、情報収集に数カ月、CBPの回答に7カ月をそれぞれ要した。他の案件では、マレーシアで、借金を理由にした移民労働者の拘束が問題視された。米企業は直接関与していないが、労働者を派遣するエージェントが違法行為を行っていた。これに対処すべく、米輸入者が強制労働に関する法令順守に協力的なサプライヤーを特定するのに数年がかかった。

米議会では、新疆ウイグル自治区で生産された製品を原則輸入禁止扱いとする法案が上院(S.65外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)と下院(H.R.1155外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)でそれぞれ提出されている(注3)。法案が成立すれば、CBPによる個別調査が不要となる。輸入者は強制労働の不在を証明すれば輸入可能だが、証明には困難が予想される。法案は上下両院の擦り合わせを経て、2021年末または2022年早期に成立する可能性がある。下院の法案は、施行までの期間が法案成立から120日後で上院(300日後)より短く、CBPに規制運用に関わるガイダンスの公開義務を課していないため、産業界の反対が強い。議会審議中の法案が成立すれば、同自治区からの輸入は一層難しくなるが、中国とのサプライチェーンが同自治区と完全に分離していることを証明した企業もある。新疆ウイグル自治区の外に所在する中国企業にとっては、米税関が求める情報を提供することは比較的容易だろう。

足元でも強制労働排除に向けた動き相次ぐ

ウェビナー開催後も、米国の人権政策は進展している。議会の諮問委員会である米中経済・安全保障調査委員会は11月17日、新疆ウイグル自治区からの包括的な輸入差し止めを政策提言に盛り込み、同自治区から調達を行う企業に対する情報開示義務の設置などを提案した(2021年11月26日付ビジネス短信参照)。また、人権に絡めた対中措置の象徴として、12月6日には、2022年冬季の北京オリンピック・パラリンピックへの外交的なボイコットを発表した(2021年12月7日付ビジネス短信参照)。中国以外でも、マレーシア産ゴム製手袋への強制労働の関与をめぐり、米国は複数のWROを発出し、マレーシア政府が是正に向けた行動計画を策定するに至っている(2021年12月2日付ビジネス短信参照)。

直近1年度(2020年10月~2021年9月)でWROは7回発動され、存続するWROは49件に上る。強制労働の疑いによって輸入時に差し止められた貨物数は同期間内で1,469に達した。その数は、2019年度(12)や2020年度(314)と比べて、大幅に増加している(注4)。12月8日に議会承認を受けたクリス・マグナスCBP新局長は、強制労働を最優先課題に掲げ、議員の要望に応えるかたちで、サプライチェーンを原材料までさかのぼり、強制労働の有無を精査する意向を示している。


注1:
調査結果は2021年11月、外務省と連名で「日本企業のサプライチェーンにおける人権に関する取組状況のアンケート調査外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」として公表されている。
注2:
2016年に成立した「2015年貿易円滑化・貿易執行法」では、強制労働に依拠した製品輸入に関して「消費需要例外(Consumptive Demand Exception)」条項を廃止。それまで米国内の需要を国内生産で満たせない製品は差し止め対象から除外していたが、現在は同条項が利用できず、より厳格な取り締まりが実施されていると指摘されている。
注3:
法案の審議状況については、その後、上下両院で調整が行われ、その結果を反映した法案(H.R.6256外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)が議会を通過し、大統領が署名すれば成立する予定(2021年12月20日時点)。同法案では、法成立180日後に新疆ウイグル自治区からの輸入が原則禁止され、8年間有効となる。また、連邦政府がパブリックコメントの募集や公聴会を実施した上で、事業者の法令順守に向けたガイダンスなどを作成することが定められている。
注4:
これまでの米国における人権関連法・規制の動向や、サプライチェーンに関わる規制の運用、実務上の対応などについては、2021年6月25日付地域・分析レポート参照。
執筆者紹介
ジェトロ・ニューヨーク事務所〔戦略国際問題研究所(CSIS)日本部客員研究員〕
藪 恭兵(やぶ きょうへい)
2013年、ジェトロ入構。海外調査部調査計画課、欧州ロシアCIS課、米州課を経て、2019年10月から現職。