起業予定の外国人向け「スタートアップビザ」とは?
国際的なスタートアップの都「Startup Capital Kyoto」へ(2)

2021年11月11日

新型コロナウイルスが契機となり、現在、世界で最も利用されるウェブ会議システムに成長したズーム(Zoom)。同社は、中国出身のエリック・ユアン(Eric Yuan)氏が米国で創業した企業である。エリック氏は、米国渡航のビザ申請で8回も却下された経験を持つ。それでも、粘り強く申請を続けた結果、9回目にしてようやく入国が認められた。もし、途中で渡航をあきらめていたら、この世界にズームはなかったかもしれない。

こうした、高度な技術を有し、短期間に急成長を目指すスタートアップ企業を起業する外国人に対して、一時的な在留許可を認める「スタートアップビザ」が、近年、欧州や南米を中心に20カ国以上で導入されている。連載(2)では、国際的に導入が進むスタートアップビザがいかなる制度なのか、他国の事例をもとに説明する。

世界に広がるスタートアップビザ

近年、世界ではスタートアップビザが注目を集めているが、もともと、あらゆる分野の外国人起業家を対象として一時的な在留を認める「起業家ビザ(entrepreneur visa)」がオーストラリアなどで導入されていた。

だが、欧州諸国などを中心に、既存産業や自国の人材だけでは大きな経済発展が見込めないという課題が浮上した。そこで、それらの国々では、国内でのイノベーション経済の発展および雇用の創出を目指し、優秀な人材の誘致に向けてスタートアップビザを導入している。

出所:各国ウェブサイトなどからジェトロ京都作成

スタートアップビザの特徴

スタートアップビザに関する各国ウェブサイトを調査したところ、多くの国・地域において次の要素がビザ取得のために必須または奨励されていることがわかった。なお、このほか、通常のビザのように、一定の生活資金や言語能力、学歴や犯罪履歴の有無なども求められている。

  • 革新性・イノベーション(アイルランド、イタリア、英国、エストニア、オーストラリア、オーストリア、カナダ、韓国、キプロス、サンマリノ、シンガポール、スペイン、タイ、台湾、中国・上海、チリ、デンマーク、ニュージーランド、フィンランド、ブラジル、米国、ポルトガル、マレーシア、ラトビア、リトアニア):レストランなど従来から存在していた分野での起業は対象とせず、既存の市場に存在しない革新的な製品やサービスを求めている。既存産業との競争を激化させるものではなく、新たな産業において雇用を創出することを求めている。
  • 海外展開(アイルランド、エストニア、オーストラリア、チリ、ブラジル、フィンランド):自国のみならずグローバルで成長が見込めるような企業を求めている。特に市場の小さい国において、企業が大きく成長するにはグローバル展開が必須とされている。
  • 民間機関による認定(オランダ、カナダ、シンガポール、台湾、チリ、ブラジル、フランス、米国、ポルトガル、マレーシア):行政機関へのビザ申請前に、ベンチャーキャピタルやアクセラレーター、インキュベーターなどの民間支援機関による認定を求めている。民間支援機関が関わることで、スタートアップ支援の知見が蓄積されるとともに、スタートアップ企業の成長促進にもつながり、ひいてはイノベーションエコシステムの発展につながる。その他、入国管理を専門とする行政機関では判断が難しいことや、実質を伴わない起業家による乱発的な申請を防ぐという目的も考えられる。
  • 副業の許可(英国、カナダ、サンマリノ、フィンランド):スタートアップ企業の経営を目的としてスタートアップビザが発給されることになるが、創業直後に大きな収入を見込むことはなかなか難しい。そうした中で、一定条件のもとで起業する事業以外での労働も認めている。
  • 複数メンバーによる申請(カナダ、キプロス、サンマリノ、台湾、中国・上海、チリ、デンマーク、米国、ポルトガル、マレーシア、ラトビア):チームメンバー(5人程度まで)による申請を認めている。これは、複数人で創業することで成功確率が高まるという考えが反映されていると考えられる。
  • 家族の帯同(アイルランド、英国、エストニア、オーストラリア、カナダ、サンマリノ、シンガポール、スペイン、タイ、チリ、デンマーク、ニュージーランド、フィンランド、フランス、米国、ポルトガル、ラトビア、リトアニア):申請者だけでなく、配偶者などのパートナーや子どもの帯同を認めている。

スタートアップビザにおいては、単に在留を許可するだけでなく、その企業の成長をバックアップする取り組みも行われている。例えばチリでは、外国人起業家による一時的な在留許可を、チリ政府による「Start-Up Chile外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」というアクセラレーションプログラムの参加企業に認めている。政策の焦点が、外国人起業家によるビザの取得のみならずスタートアップ・エコシステムの発展に置かれていることがうかがえる。Start-Up Chileでは、企業規模別に最大1,000万~7,500万ペソ(約140万~1,050万円、1ペソ=約0.14円)の株式取得によらない資金提供やコワーキングスペースの無料使用、30万ドル相当までのAWSやHubSpotなどのサービス利用、さらにはトレーニング機会や専門家への相談機会などを提供している。2010年に開始した本プログラムは、これまでに2,000社以上が利用しており、そのうち72.6%が海外のスタートアップ企業であるという。

創業人材をめぐる国際競争の激化

このように、各国においてスタートアップビザの導入が進み、今や創業人材の獲得をめぐり、国際的な競争が繰り広げられている。

カナダでは、外国人起業家に対して、一時的な在留資格のみならず永住権をも認めている。少子高齢化が拡大する中で、外国人起業家に対しては経済成長や雇用拡大の担い手として期待されており、これまでに約200社の創業者が永住権を取得しているという。スタートアップビザを活用した、イラン出身の起業家による留学生支援プラットフォームのApplyBoardは、時価総額10億ドル以上のユニコーン企業へと成長し、現在は500人以上を雇用しているという(注2)。

こうした流れの中で、米国や中国においてもスタートアップビザをめぐって動きが出ている。2021年5月、米国の国土安全保障省は、「国際起業家ルール(International entrepreneur rule)」の再開を発表した。国際起業家ルールとは、急成長や雇用創出が期待できる、といった一定の条件を満たした外国人起業家に一時的な入国を認める制度である。オバマ政権末期の2017年に導入されたが、外国人労働者の受け入れに消極的なトランプ政権がその効力を停止していた。2021年3月には全米ベンチャーキャピタル協会(National Venture Capital Association)が、スタートアップビザに関するレポートを発表するなど、バイデン政権発足以降、復活への期待が高まっていた。

自国出身の起業家を中心としたスタートアップ・エコシステムを形成する中国においても、スタートアップビザの導入が進んでいる。2020年9月に全国に先駆けて上海市が、外国人材とそのチームメンバーの就労許可の取得支援制度を試験的に導入した。2020年12月24日には、中国国内で初となる外国人起業家への労働許可が、日本人起業家2人に発給された(注3)。スタートアップビザのウェブサイトは現地語および英語で提供されることがほとんどだが、上海市のウェブサイトには日本語でも制度に関する説明がされている。今後、こうした制度が全土に広がるのか、注目される。


注1:
このほかに、イスラエルでも外国人起業家のビザ「イノベーションビザ」が2017年に実験的に導入されていた。
注2:
Forbes JAPAN「世界からスタートアップ起業家を呼び寄せるカナダ政府の狙い外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」2021年6月12日
注3:
上海市科学技術委員会「又一全国首创!上海颁发首批外籍创业人才工作许可证,启动薪酬购付汇便利化试点外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」2020年12月
全球求贤 上海发布最新“英雄帖”外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」新華社、2020年12月24日
執筆者紹介
ジェトロ京都
大井 裕貴(おおい ひろき)
2017年、ジェトロ入構。知的財産・イノベーション部貿易制度課、イノベーション・知的財産部スタートアップ支援課、海外調査部海外調査企画課を経て現職。