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中国企業による欧州企業買収に波紋

欧州が直面するビジネス環境の変化と中国・同企業の動向

(5)

2021年3月25日

欧州企業にとって、中国からの投資は魅力的だ。資金面の支援だけでなく、中国の親会社を通じた中国市場へのアクセス改善などのメリットもある。その一方で、基幹インフラを運営する企業や重要技術を持つ企業が中国など欧州域外の企業の影響下に置かれることに対する懸念も高まっている。EUでは2020年10月11日、対内直接投資のスクリーニング(審査)規則の全面適用を開始、審査の強化を加盟国に求めている。こうした状況下、中国による企業買収が波紋を呼んだ直近の事例を紹介する。

英国第2位の鉄鋼企業が中国企業の傘下に

ここ最近で中国による買収として大きな話題となった案件は、経営破綻した英国の鉄鋼大手ブリティッシュ・スチールに対する中国の複合企業・敬業集団による買収だろう。敬業集団は2020年3月9日、ブリティッシュ・スチールの買収完了を発表、ブリティッシュ・スチールの製鉄所の増強などに今後10年間で12億ポンド(約1兆8240億円、1ポンド=約152円)を投じ、同社の再建を進めていくとした。

ブリティッシュ・スチールは、英国の投資会社グレイブル・キャピタルがインド鉄鋼大手タタ・スチールの欧州条鋼事業を買収して2016年に発足した英国第2位の鉄鋼企業。経営環境が悪化する中、政府が追加支援を拒否して資金繰りに行き詰まり、2019年5月に破綻に追い込まれた(2019年5月23日付ビジネス短信参照)。背景には、米国による鉄鋼への追加関税措置、中国からの安価な製品の流入により厳しい状況が続いたことや、英国のEU離脱による欧州排出権取引制度(EU-ETS)への英国の取引参加停止に伴い、無償の二酸化炭素(CO2)排出割り当てが停止、これによる排出権購入のための資金繰り問題などがあった。

同社をめぐっては、トルコの複合企業オヤック・グループ傘下のアタエル・ホールディングが2019年8月に買収で基本合意したが、実現に至らず、11月に敬業集団への身売りが決まった。買収額は明らかにされていないが、BBC放送は5,000万ポンドと報じている(2020年3月9日付BBC放送)。敬業集団は英国のスカンソープ、スキニングローブ、ティーズサイドにあるブリティッシュ・スチールの製鉄所と、ブリティッシュ・スチールのオランダ子会社FNスチール、英国子会社TSPエンジニアリングを取得した。当初はフランスのアヤンジュにある製鉄所の取得も目指したが、同製鉄所がフランス国鉄SNCFに鉄道レールを供給する企業であることから、フランス政府が「国家の戦略的資産」として買収に難色を示し、実現しなかった(注)。今回の買収によってブリティッシュ・スチールの従業員約3,200人の雇用は維持される。

BBC放送は、敬業集団がブリティッシュ・スチールを買収した理由について、(1)事業の補完性、(2)欧州製の製品の販売、(3)ノウハウの取得の3つ利点が考えられると報じている。具体的には、スカンソープの製鉄所は、敬業集団が製造していない線路や建設用の鉄筋といった「長い製品」を得意としている。敬業集団はブリティッシュ・スチールの買収により、製品の幅が広がるほか、新しい市場へのアクセスも可能になり、事業の補完性が高い。2つ目のメリットとして、敬業集団は中国から原料を輸入して、英国やフランスで付加価値の高い製品に加工すれば、「メード・イン・UK」あるいは「メード・イン・フランス」の製品として販売することができるという点があったという。英国のネットワーク・レイルやフランスのSNCFのような大口顧客にとって安心感につながり、米国への輸出も視野に入れることを期待しているという専門家の見解をBBCは紹介している。さらに、3つ目の利点としては、敬業集団は英国拠点の取得に伴い、知的財産や専門知識を取得することができる点が挙げられるという(2019年11月13日付BBC放送)

ドイツ政府が懸念示す中国買収案件も

欧州当局が中国企業の参入による公正競争の阻害と市場のゆがみへの一定の懸念を表明しつつも、買収に至った例もある。ドイツ鉄道設備大手のフォスロは、中国の国有企業・中国中車(CRRC)傘下の中車株洲電力機車(CRRC ZELC)によるフォスロの機関車事業(フォスロ・ロコモーティブズ)買収に関し、ドイツ連邦カルテル庁の2020年4月27日の承認決定を受け、同事業の売却が同年6月1日に完了したと発表した。フォスロ・ロコモーティブズはディーゼル機関車メーカーとして、欧州では主要企業の1つで、従業員数は約500人、2019年の売上高は1億ユーロ超だった。CRRC ZELCにとっては、欧州で初めての買収となる。買収対象となるフォスロ・ロコモーティブズとそのドイツ国外の欧州子会社は独立した法人として事業を引き続き継続し、ブランド名も保持する。また、人員および構造的なリストラはないとしている。

連邦カルテル庁が審査で、買収によって市場で有効な競争が損なわれるか否かとして主要な論点としたのは、(1)買収企業と被買収企業の市場シェアの変化予測、(2)国有企業による買収の結果生じる特性だった。同庁のアンドレアス・ムント長官は(2)について、「中国の国有企業による欧州企業の買収のあらゆる特性に関して、極めて丹念に審査した」と述べている。具体的には、中国政府の支援の可能性や技術・財務力、低価格またはダンピングの戦略の恐れなどについてだという。最終的には、懸念は依然としてあるものの、買収の禁止を正当化するものではないと説明した。また(1)については、フォスロ・ロコモーティブズが近年、競争力を大きく落としていることや、革新的な駆動技術を持つ新しい競合企業が市場参入していること、CRRCのこれまでの欧州事業が小規模にとどまっていることなどの理由から、悪影響はないとしている。連邦カルテル庁によると、欧州市場には近年、アルストム(フランス)、シュタッドラー(スイス)、東芝などの新しい駆動技術を持つ鉄道車両大手が参入しているが、機関車では現在、ハイブリッド駆動や架線(電気)とディーゼル駆動を組み合わせた「デュアルモード機関車」が製品化されている。しかし、フォスロ・ロコモーティブズはこれらの技術を持っておらず、近年は競争力が低下していた。一方、連邦カルテル庁が実施した調査では、欧州の競合企業は今回の買収が将来的に市場競争をゆがめる恐れがあるとの懸念を示している。

なお、フォスロは2014年に既にフォスロ・ロコモーティブズの売却を決定していた。一方、CRRCは欧州の鉄道車両市場への参入を試みてきたが、これまでのところ、ドイツ鉄道のハンブルクとベルリンの近距離鉄道(Sバーン)や、オーストリア連邦鉄道(OEBB)のハンガリー子会社への機関車の供給など、取引は小規模にとどまっているという。


鉄道設備大手のフォスロのハイスピード・スイッチ(フォスロ提供)

ドイツ政府は、基幹技術を持つ中堅企業の中国企業による買収に介入

政府により中国からの買収が阻止された事例もあった。ドイツ連邦政府は対外経済法(AWG)と同法施行令(AWV)に基づいて、中国の国有企業で航空宇宙分野の軍需企業である中国航天科工集団(CASIC)によるドイツの中堅企業IMSTの買収阻止を閣議決定した。ドイツの主要通信社のdpa通信などが閣議決定の文書を基に2020年12月3日に報じた。連邦政府はAWGとAWVに基づいて、国外投資家によるドイツ企業の買収を審査し、同国の安全保障を脅かす恐れがあるなどの理由があれば、買収を禁止することができる(2020年6月26日付ビジネス短信参照)。

IMSTは衛星通信やレーダー通信、第5世代移動通信システム(5G)技術の分野で特別な専門知識を持つ。「シュピーゲル」紙(2020年12月3日付)の報道によると、CASIC子会社の航天工業発展(Addsino)がドイツ国内に子会社を設立し、Addisinoの名前を出さずその子会社を通じてIMSTの買収を試みたと閣議決定文書に記載されていたとされる。「ハンデルスブラット」紙(2020年12月3日付)は、具体的には、IMSTの買収を計画したドイツ法人EMSTと、同社の直接的な親会社である中国のマイクロシステム・テクノロジーは、買収のためだけに設立された法人であり、特に独自の事業を展開していないことが判明したと説明している。

閣議決定の文書によると、IMST買収に関する調査の結果、「現実的かつ深刻な危険」が確認されたという。具体的には、IMSTはドイツの地球観測衛星「TerraSAR-X(テラサーエックス)」向けに重要な部品を開発しており、国防省はTerraSAR-Xのデータを購入し、軍事目的で高精度の3次元(3D)標高モデルを作成。この標高モデルは、例えば、偵察やコマンド、シミュレーション、武器などのシステムに使用されるため、買収を阻止しなければこれらのノウハウが中国に流出し、軍事用途に活用される可能性があるという(2020年12月3日付「シュピーゲル」紙)。

これに加え、IMST買収により、将来の移動通信システムの分野でもドイツの技術的な優位性が脅かされる恐れがあるとした。IMSTは25年前から商用無線技術の分野に従事しており、将来技術として重視されている5Gにも携わっている。このため、同文書は「IMST買収が完了し、中国の軍需企業の管理下に入れば、IMSTはもはや信頼の置けるパートナーではなくなる」と指摘しているという。


ドイツのレーダー衛星「TerraSAR-X」〔ドイツ航空宇宙センター(DLR)提供〕

金融分野では、香港取引所によるロンドン証券取引所(LSE)の買収計画が注目された。香港取引所は2019年10月8日、LSEグループへの買収提案を撤回すると発表した。296億ポンドで全株式を取得して合併することを提案していたが、LSEが拒否の姿勢を崩さず、断念を迫られた。

香港取引所は2019年9月11日、LSEグループに買収を提案したと発表。買収は現金支払いと株式交換を組み合わせた形式で、LSEの株主は1株につき現金20.45ポンドと香港取引所の新株2.495株を受け取るという内容だった。買い取り価格はLSEの前営業日(9月10日)の終値に22.9%を上乗せした水準。

香港取引所は、アジアと欧州の代表格である両取引所の統合による効果を強調。しかしLSEは、即座に「戦略的なメリットがない」として拒否を表明していた。LSEが金融情報やリスク管理などのサービスを提供する企業リフィニティブを買収する計画の中止が買収条件となっていることや、香港取引所の大株主が香港政府で、買収が実現するとLSEが間接的に中国政府の影響下に置かれることへの懸念などを理由とした。

香港取引所のチャールズ・リー最高経営責任者は10月8日付の同取引所のブログで、両証取の統合には「戦略的な意義がある」としながらも、LSEの経営陣が拒否を貫き、話し合いに応じないことから買収を断念したと述べた。


注:
敬業集団はその後もアヤンジュ製鉄所の取得を目指し、フランス政府と協議を進める意向を表明したものの、2020年8月に英国鉄鋼大手リバティースティールによる買収が決定した。
執筆者紹介
ジェトロ・デュッセルドルフ事務所 ディレクター(執筆当時)
森 悠介(もり ゆうすけ)
2011年、ジェトロ入構。対日投資部対日投資課(2011年4月~2012年8月)、対日投資部誘致プロモーション課(2012年9月~2015年11月)を経て現職。
執筆者紹介
ジェトロ・デュッセルドルフ事務所
ベアナデット・マイヤー
2017年よりジェトロ・デュッセルドルフ事務所で調査および農水事業を担当。

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