カーボンニュートラルに挑むスタートアップのいま(世界)

2021年11月15日

カーボンニュートラルに対する意識が高まる中、環境分野の新たな技術向けの投資が拡大している。IoT(モノのインターネット)やAI(人工知能)などのデジタル技術を活用し、エネルギーの消費効率向上や低炭素化社会へのシフトに貢献するスタートアップが、いま注目を集めている。

環境テック、ブーム再び

米国のシリコンバレーでは、2000年代後半に環境関連テクノロジーに投資する「クリーンテック(注1)」ブームが到来したものの、テスラやソーラーシティなどの一部の企業の成功を除き、米国のほとんどの企業が長期的な資金調達を達成できずにブームは収束した。事業拡大のための基礎技術の不足や、太陽光をはじめとする再生可能エネルギー分野での中国企業との価格競争にさらされたことなどが、失敗要因の1つと研究されている(注2)。一方、欧州の一部の国や日本などでは、1990~2010年代に再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度が導入され関連技術への投資が進んだ。しかし「環境テクノロジー投資」としてのデータは見当たらず、新興企業への投資か否かの確認ができない。当時のクリーンテックブームはスタートアップなど新興企業へ多額の投資資金が動きやすい、米国の潮流が主に反映されていたとみられる。

第2次クリーンテックブームといわれる今日、環境に配慮した事業を展開する新興企業への投資が再び活発化している。進展するAIやIoTなどのデジタル技術を活用し、エネルギー業界だけでなく建設(ビル・住宅の省エネ)や輸送(利用削減、自動化)など幅広い産業で、気候変動問題に対応するスタートアップが生まれていることが特徴といえる。環境テクノロジーに対するVC(ベンチャーキャピタル)投資をみると、2015年ごろから急速に拡大し、2020年には世界で164億ドルと過去最高額を記録した(図1参照)。2015年12月に採択されたパリ協定(注3)により、各国・地域で温室効果ガス排出削減の明確な数値目標が掲げられたことが投資拡大の背景の1つとして挙げられる。

図1:環境テクノロジーに対するVC投資額の推移(世界)
投資額は、2009年8億ドル、2010年11億ドル、2011年14億ドル、2012年12億ドル、2013年12億ドル、2014年15億ドル、2015年27億ドル、2016年52億ドル、2017年111億ドル、2018年163億ドル、2019年126億ドル、2020年164億ドル。

出所:Statistaから作成

また2021年以降、気候変動関連のファンド設立など、スタートアップ投資の枠組みが次々と発表されている。米VCのユニオン・スクエア・ベンチャーズ(USV)は気候変動テクノロジーへの投資を専門とする気候ファンド「USV Climate Fund」を2021年1月に組成した。同じく米TPGキャピタルは、同分野で過去最大規模となる投資ファンド「TPG Rise Climate」を組成。革新的な気候変動ソリューションを開発した企業、研究者、起業家との協働をめざし、実現可能な気候変動対応技術を成長させることを目的としている。同ファンドには、アップルやグーグル、ボーイングのほか、日本からは三井住友銀行が出資している。日本では2021年10月、KDDIがSBIインベストメントと共同で環境分野に特化した投資ファンド「KDDI Green Partners Fund」を設立すると発表した。エネルギー領域にとどまらず、産業を超えて展開可能な脱炭素技術や循環型サービスなどに取り組むスタートアップに対し、今後5年で約50億円の投資を実施する。そのほか、Mpower partnersは国内初となるESG(環境・社会・ガバナンス)重視型VCファンド「Mpower partners fund L.P.外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」を設立した。環境/サステナビリティ分野を含む社会的課題を、テクノロジーの力で解決しようとする起業家を支援し、持続的な成長を促すことを目的とする。

クリーンテックを生むスタートアップ・エコシステム

スタートアップなどの新興企業は、デジタル技術などの新たなテクノロジーを生かし、カーボンニュートラルに向けた事業に挑む。その際、起業家にとって重要となるのが、ネットワーク構築や資金調達などの面でスタートアップ創出を支援する、スタートアップ・エコシステムの存在である。米調査会社、スタートアップゲノムは世界約280のエコシステムを評価した「グローバル・スタートアップ・エコシステムレポート2021外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」を発表した(注4)。気候変動関連の技術、「クリーンテック」がサブセクターの強みとして紹介された都市は、ストックホルム、シンガポール、オースティン、カルガリー、ピッツバーク、スリランカの6都市であった(表1参照)。

表1:「クリーンテック」をサブセクターとするスタートアップ・エコシステム
都市 サブセクター「クリーンテック」で紹介された内容
ストックホルム アクションプランで2040年までに脱炭素を掲げる。ノルディッククリーンテックは年間25のクリーンテック関連スタートアップを輩出。ヘグダーレン地区ではクリーンテックの新たなハブとして企業が集まっており、リサイクルに関する研究開発が行われている。
シンガポール 「シンガポール・グリーンプラン2030」のもと、グリーンボンド(債券)発行計画など、総額190億シンガポールドル相当の公共プロジェクトを選定している。サステナテックアクセラレータプログラムが立ち上がり、起業家を多数輩出。
オースティン テキサス大学は世界有数のエネルギー研究を行う機関であり、クリーンテックスタートアップへのサポートを行っている。ピーカンストリート研究センターは新たなスマートグリッド技術の実証実験を実施している。
カルガリー 北米のエネルギーハブとして充実した政府補助金のサポートがあり、アルバータ州の70%のクリーンテック企業が存在する。地熱発電のEavorがBPとシェブロンから40億ドルの資金調達を達成。
ピッツバーク 国連センターが位置する同都市では、SDGs達成に向けたコミットする。73のクリーンテック企業が拠点を設けており、5年間で1億ドルが大学関連のR&Dに投資されている。
スリランカ 再生可能エネルギーを用いて自給率の向上を目指す。政府は風力や太陽光発電に対し、インセンティブを提供している。

注:サブセクターにはエコシステムで強みとされる分野が記載されている。
出所:Startup Genome

ストックホルムのエコシステムの特徴として、クリーンテック関連の企業集積や成功企業の事例が紹介されている。郊外のヘグダーレン地区には、クリーンテックの新たなハブとして企業が集まるほか、EV(電気自動車)用の電池技術を開発するNilar Internationalは2020年10月、欧州投資銀行(EIB)から4,700万ユーロの融資を受けるなど、成功を収めたスタートアップ事例も存在する。

シンガポールでは政府が中心となり、スタートアップの育成を行っている。環境行動計画「シンガポール・グリーンプラン2030」を発表し、環境プロジェクトに必要な資金を調達するためのグリーンファイナンスが準備され、新たなビジネス機会の創出を目指す。また、シンガポール太陽光エネルギー研究所は、シンガポール国立大学、国立研究財団、およびEDBのサポートのもと太陽光電池、モジュール、システムに重点を置いた研究開発を行っており、「アジアのクリーンエネルギーハブ」として注目を集めている。

日本の環境分野のスタートアップ、長期の資金調達に苦戦

日本のスタートアップ・エコシステムは世界的にも認知度があがり、2021年には東京が世界9位にランクインした。東京都では、スタートアップを大企業や中小企業、大学・研究機関、行政機関などとつなぐエコシステム形成を目的とした「スタートアップ・エコシステム・東京コンソーシアム」が2020年に設立されている。

一方、カーボンニュートラルを軸とするスタートアップの数は限られているのが現状だ。クリーンテックを調査する米Cleantech Groupは、世界における革新的なクリーン技術を持つ企業100社を選定したレポート「Global Cleantech 100外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」を公表している。北米62社、欧州(イスラエル含む)33社、アジア5社が選出されているが、日本企業は含まれていない。日本政府が2021年3月に発表した「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(348.88KB)」では、日本における気候変動関連のエコシステムの現状について、スタートアップが創出するイノベーションの重要性を言及しつつも、(1)実用化までの期間が比較的長期にわたるため、投資資金を集めるのが困難であること、(2)情報(先行事例や環境関連技術、投資家の動向など)が不足しているといった課題が指摘されている。

そのなか、起業家向けのコワーキングスペースを提供するCIC Tokyoが事務局を務める、環境省の「環境スタートアップ大賞」が2021年2月に発表された。大臣賞を株式会社ピリカが受賞、また事業構想賞をWOTA株式会社が受賞した。そのほか、ファイナリスト4社が発表されている(表2参照)。

表2:環境スタートアップ大賞の受賞企業およびファイナリスト
受賞 企業名 事業内容
大臣賞 株式会社ピリカ 海洋ゴミの調査を行う企業。水中に漂う繊維状の微少プラスチック「マイクロプラスチック」の調査を行う。また、ごみ拾いSNS「ピリカ」、ポイ捨て調査・分析サービス「タカノメ」を運営する。
事業構想賞 WOTA株式会社 AIを活用した自律分散型水循環システムにより、災害時でもシャワーなどの水利用を可能にするポータブル水再生処理プラント「WOTA BOX」や、水循環型ポータブル手洗い機「WOSH」を開発。
ファイナリスト ウミトロン株式会社 IoT、衛星リモートセンシング、機械学習をはじめとした技術を用い、水産養殖事業者向けのデータプラットフォームサービスの開発を行う。
株式会社ポーラスター・スペース 超小型衛星・ドローン・地上計測機器等を使用したソリューションの提案を行う。
株式会社グリラス 豊富なタンパク質と栄養素を含む食用コオロギを養殖する徳島大学発スタートアップ。原材料としてのコオロギの提供のみならず、自社ブランドの加工食品や機能性食品などを展開する。
株式会社エネファント 再生可能エネルギーの販売・施工、小売電力事業、EV レンタカー事業を手掛ける。地域外に流出しているエネルギー代金を地域内に循環させることと同時に、再生可能エネルギーの導入促進を進める。

出所:CIC東京、各社ウェブサイトから作成

日本でも気候変動分野におけるスタートアップが少しずつ誕生してきた一方、大手企業は海外とのスタートアップとの連携に乗り出す。ジェトロが海外での協業・連携を支援する日本企業の関心分野は、「カーボンニュートラル」が38.3%と最も高い(図2参照)。東京ガスはデジタル技術(総合ITプラットフォーム)を活用した再生可能エネルギー由来の電力小売りを手掛ける、英国発のオクトパスエナジーと合弁会社を設立し、日本で事業を開始した。そのほか、オリックスはスペイン発の風力および太陽光発電所の開発・運営を行うElawanエナジーの株式の80%を取得することに合意し、再生可能エネルギー事業展開を重要な経営戦略の足掛かりとしている。

図2:海外での協業・連携における日本企業の関心分野
日本企業の関心分野は、カーボンニュートラル 38.3%、スマートシティ32.7%、モビリティ29.9%、ヘルスケア29.3%、農水産業22.3%、小売り18.2%、その他15.4%。

注:nはJ-Bridge会員企業の担当者数。
出所:ジェトロ支援企業へのアンケートから作成

カーボンニュートラル実現に向けた高い目標が掲げられ、民間からも豊富な資金が用意されるようになったことにより、世界各地でクリーンテック分野のエコシステム形成も進んできた。日本でも新たなビジネスチャンスを捉え、スタートアップが生まれているものの数はまだ多くない。スピード感を持って排出削減に取り組む企業は、海外スタートアップとの連携を模索し始めている。


注1:
クリーンテックとは、微量の資源、または再生可能な資源を使用して価値を提供する、および/または従来の製品よりも廃棄物を大幅に削減するあらゆる製品、サービス、またはプロセスを実現するテクノロジー(Pernick and Wilder, 2007)。近年では「グリーンテック」「クライメートテック」などとも呼ばれる。
注2:
たとえばBenjamin Gaddy “Venture Capital and Cleantech: The Wrong Model for Clean Energy Innovation”,2016など
注3:
21世紀後半に温室効果ガスの人為的な発生源による排出量と吸収源による除去量との間の均衡(カーボンニュートラル)を達成することを規定。
注4:
評価基準は以下の6つ。(1)スタートアップの市場価値などを示す「業績」、(2)初期段階のスタートアップの成功に重要な資金調達指標を数値化する「資金調達」、(3)エコシステム内におけるグローバルなつながりの有無を示す「接続度」、(4)スタートアップのビジネスモデルの成長性や海外展開を示す「市場リーチ」、(5)研究・特許活動の充実度を示す「知識」、(6)スタートアップが有能な人材にアクセスできる環境を示す「人材」。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部国際経済課
伊尾木 智子(いおき ともこ)
2014年、ジェトロ入構。対日投資部(2014~2017年)、ジェトロ・プラハ事務所(2017年~2018年)を経て現職。