英国金融市場が待ち受ける課題と影響

2020年6月5日

世界有数の金融市場ロンドンがある英国で、世界の金融業界に大きな影響を与える事象が近年発生している。1つは英国のEU離脱(ブレグジット)。英国は2020年1月31日にEUから離脱し、同年12月末までの移行期間に入ったが、同期間終了後のEUとの金融サービス分野を含めた将来関係がどのようになるのか注目が集まっている。もう1つは、欧米の多くの金融機関の不祥事に起因して、銀行間取引金利「LIBOR」が廃止される可能性だ。

いずれも、英国を震源地として今後の金融業界を取り巻く環境を大きく変化させ得る。この2つの事象を紹介する。

世界中の資産が集結するロンドン金融市場

英国のロンドンには、世界をリードする国際金融センターがある。銀行や保険会社などの金融サービス業は2019年の英国の GDP 全体の6.9%を占めている。また、英国の金融サービス業の促進を目的として活動する業界団体のThe City UKが2019年に発表したレポートによると、2017年時点の同業種の雇用者数は英国の雇用者全体の 3.4%、コンサルタントや法務、会計などの金融サービス関連の専門ビジネスも含めた場合には、全体の7.3%となる。さらに、2018年の英国の税収全体の10.9%を金融サービス業が占めている。

英国の金融サービス業は国際金融を主としており、2018年の同業種による貿易黒字は619億ポンド(約8兆1,708億円、1ポンド=約132円)を計上した。また、国際金融取引の中でも、外国為替取引や金利OTCデリバティブ取引、クロスボーダー銀行貸し付けで世界第1位を誇っている(表参照)。このように英国が世界金融市場をリードしている要因としては、(1)タイムゾーン(アジア主要都市とニューヨークの中間地点に位置し、同日での取引が可能)、(2)英語圏であること、(3)安定した税制、(4)優秀な人材が豊富にそろっていること、などが挙げられる。

表:世界の金融市場シェア
世界金融市場シェア(単位 : %)(―は値なし)
項目 シェア算出時点 英国 米国 日本 フランス ドイツ シンガポール 香港 その他
クロスボーダー銀行貸し付け 2019年第3四半期 16 10 13 10 7 3 5 36
外国為替取引 2019年4月 43 17 5 2 2 8 8 17
金利OTCデリバティブ取引 2019年4月 50 32 2 2 1 1 6 6
資産管理 2018年末 6 45 7 4
保険 2018年末 6 28 8 5 5 1 1 45
国際債券取引 2019年第1四半期 13 10 2 6 5 1 1 62

出所:The City UK 2019

ブレグジットが金融業界に及ぼす影響とは

英国は2020年1月31日にEUから離脱し(2020年1月31日付ビジネス短信参照)、12月末まで離脱前の状態が維持される「移行期間」に入っている。在英金融機関は1996年に導入された「単一パスポート制度」(注1)を利用し、英国を含むEU各国で金融サービスを提供していた。しかし、EU離脱に伴い、英国で営業免許を取得した在英金融機関は同制度を利用してEU各国での金融業務ができなくなる懸念が発生。このため、他のEU加盟国への移転などを行う企業も出た。英国・EU間の金融サービス断絶を防ぐための代替措置として、英国政府は2018 年7月のテレーザ・メイ政権時に公表した 「EU 離脱白書」の中で、これまでどおりの単一市場に近いアクセスを可能とする「相互承認」ではなく、EUとの「同等性評価」(注2)の取り組みを強化していく方針を打ち出した。現在のボリス・ジョンソン政権もその方向性を維持している。

一方で、既存のEU法における「同等性評価」は「単一パスポート制度」の代替には不十分との見方も強い。なぜなら、「同等性評価」は預金業務や貸し付け業務、資産運用、決済サービスなどの中核的な金融サービスについて全範囲をカバーしておらず、原則として、在英金融機関はEU域内に法人を設立して当局の免許を取得する必要が発生してしまうためだ。また、欧州金融市場協会(AFME)は2020年1月の報告書の中で「同等性評価」について、第三国や一般市民に対する透明性と客観性を高め、より分かりやすい制度にする必要があるという意見をまとめた。

EUと英国は、金融規制に関する「同等性」について6月30日までに合意することを目指している。しかし、英国は金融サービスの中核業務に関する「同等性評価」の付与など、独自の制度を主張している。相互に納得がいく結果となるかは不透明だ。もし、EUが英国の主張を認めなければ、英国では在英金融機関によるEU圏内への移転および一部機能の移管などが進み、金融セクターの縮小につながりかねない。EUとしては、専門サービスや金融サポート面で豊富な経験を有する英国との間にあつれきが生じることはマイナスだが、英国がEU規制から外れながらも「同等性評価」でこれまでと同様のサービスを受けられるという「いいとこどり」は許さない構えだ。

LIBOR廃止が招く金融市場の混乱

ロンドン市場の金融取引における銀⾏間取引⾦利「LIBOR」(注3)は、これまで世界中でさまざまな取引の金利として参照・利用され、金融市場に大きな影響を与えてきた。そのLIBORが2021年末以降に廃止される可能性が高まっている。その発端となった出来事は、2012年以降に住宅ローンや学生ローン、金融デリバティブなどに使用される同レートを多くの欧米銀行が過去に不正に操作していた事件の発覚だ。英国に本拠を置くバークレイズ銀行の不正発覚を機に、欧米の多くの銀行で同様の不正を働いていたことが判明し、金融業界に大きな衝撃を与えた。

事件を受けて、各国の財務省や中央銀行で構成する国際機関の金融安定理事会(FSB)は、2014年に発表した報告書で、LIBORの信頼性・堅牢性向上への方針を示した。しかし、2017年に英国金融行為規制機構(FCA)のアンドリュー・ベイリー長官(当時。現在はイングランド銀行総裁)はLIBORのパネル銀行(LIBOR算出のため利率のデータを提供する銀行)に対して、レート提示を強制しない意向を表明した。LIBORは複数のパネル銀行の提示レートに基づいて金利水準が決まるため、これまで同機構はパネル銀行引き留めに尽力し、LIBORの堅牢性を保持してきた。しかしながら、レート呈示の強制権が行使できないことで、LIBORの信頼性・堅牢性は保てなくなってしまう可能性は高い。その後、LIBORの代替指標として「ポンド翌日物平均金利(SONIA)」への移行が示されるに至っている。イングランド銀行とFCAは共同声明でSONIAへの切り替えに向けた方針を示し、ポンド建てLIBORを参照する融資や債券発行などの新規取引を2020年9月末までに停止するとした。

LIBORを参照する取引金額は世界全体で約370兆ドルに上ると言われる。このまま2021年末に廃止した場合、現在LIBORを参照している契約の見直しや会計業務、システムへの対応問題などが発生し、世界中の金融機関や企業への影響は避けられそうもない。

未曽有の国難の中、金融機関に課せられた使命は大きい

世界的な新型コロナウイルスの感染拡大は、英国でも甚大な被害をもたらしている。上述の移行日程にも延期の可能性が出てきた。また、経済では打撃を受けた事業者の資金繰り支援のために緊急融資措置を実施するなど、政府は大規模な経済対策を行っている。しかし、都市封鎖などによる経済活動の縮小とともに、経営破綻やデフォルト(債務不履行)、雇用機会喪失のリスクが高まっている中、金融機関によるサポートがより重要視されていくと考えられる。新型コロナウイルスによる景気後退に対し、事業者への資金供給など金融機関の役割は不可欠であり、課せられた使命は大きい。現在、さまざまな課題・困難を抱える英国金融市場の動向は、世界の金融市場にとっても大きなトピックとなることは明白であり、今後ますます注視していく必要がある。


注1:
欧州経済領域(EEA)のどこかで営業免許を取得すれば、ほかの域内国でも同免許で金融サービスを提供することができる制度
注2:
EU の監督機関が域外国の規制に対する評価を行い、 EU と「同等」と認めた場合に限り、市場アクセスを認めるという仕組み。
注3:
「London InterBank Offered Rate」の略称。ロンドン市場の金融取引における銀⾏間取引⾦利のこと。 主要な5通貨(米ドル・英ポンド・スイスフラン・ユーロ・日本円)について公表されており、さまざまな金融取引の参照指標として利⽤されている。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部欧州ロシアCIS課
尾崎 翔太(おざき しょうた)
2013年七十七銀行入行。2019年11月からジェトロに出向し、現職。