拡大する植物由来飲料・代替肉市場(デンマーク)

2020年7月29日

デンマークでは近年、植物由来の飲料や食品への関心がかつてないほど高まっている。例えば、有機野菜やベジタリアン向け食品、ビーガン食などだ。本レポートでは、植物性飲料・食品を展開し、急速な成長を遂げているデンマーク発のナチューリ(NATURLI’)を紹介する。同社のヘンリック・ルンド最高経営責任者(CEO)を訪問し、ナチューリの企業戦略や、植物由来飲料・食品市場の現在と今後の展望、植物由来飲料・食品に寄せる考えを聞いた(7月1日)。

全ては植物由来飲料から始まった

デンマークベジタリアン協会によると、総人口に占めるベジタリアン(注)の比率は、2018年時点で2.5%だった。2017年の1.8%から増加している。菜食主義に向けた関心の根本にあるのは、健康志向や動物福祉、地球温暖化への懸念だ。地球温暖化問題は、畜産によって多量の温室効果ガスが排出されることで深刻化しているといわれるためだ。デンマーク統計局によると、2019年の牛乳の国内消費量は前年比で4.8%減少した。一方、牛乳の代替となる植物由来飲料の市場は成長が著しい。デンマーク小売り大手、コープの植物由来ドリンクの売り上げは、2017年から2018年にかけて28%の伸びを記録した。北欧大手乳製品製造販売のアーラフーズも、2020年春からオーツドリンクの販売を開始した。このように、菜食志向の流れは無視できない状況になっている。

1988年創業のナチューリも、植物由来飲料・食品を製造する企業の1つだ。同社の事業は、豆乳やコメ由来のミルクなどを製造販売するところから始まった。北欧における植物由来飲料の先駆けだ。当初のラインナップは7種の飲料だけだった。医師が勧める健康飲料として、スーパーマーケットでビタミン剤などと同じ棚に並べられるような製品だったという。当時の製品パッケージは実際、薬局に陳列されていそうな外観だ。

植物由来飲料・食品分野において大きく展開するきっかけとなったのは、北欧でオーツミルク(オート麦を原料とするミルク)への注目がじわじわと広がったことだ。デンマークでも、数年前からオーツミルクの人気が高まった。ナチューリでも、豆乳(ソイミルク)の販売数を大きく超えるようになってきたという。この人気の高まりにはいくつかの理由が指摘される。

第1に、北欧では、オーツ麦は物流の観点からサステナブルで、環境に配慮した飲料と考えられていることだ。オーツミルクの原材料は、オーツ麦だ。北欧で耕作されている穀物で、現地調達が可能。そのため、原料調達から廃棄・リサイクルするまでの製品のライフサイクル全体のCO2排出量を大幅に削減できる。一方、ソイミルクの原料の大豆は、ほぼ100%国外からの輸入に依存している。こうした情報が環境問題に関心の高い消費者に受け入れられ、オーツミルクの消費傾向が強まったと言われる。

また、オーツ麦には、腹持ちをよくするタンパク質や食物繊維がふんだんに含まれる。このように、全般的に栄養価が高く健康に良い。以前から北欧では、オートミールなどのかたちで食ベられることが多かった。しかし、オーツ麦という健康的な食材が飲料としても摂取できるということが人気を高めた。北欧では、高血圧症が多い。その対策として、医師がしばしば、オーツミルクの摂取を勧める。

加えて、オーツミルクの味自体が多くの消費者に評価されていることも重要だ。味の好みは人それぞれだが、オーツミルクはクリーミーだが甘過ぎない点が魅力の1つになっているとのこと。環境への配慮から摂取してみたら甘くておいしい、その上、健康にも良いと聞いて、積極的に牛乳の代替品として使うようになった人も多いようだ。ビーガンでもベジタリアンでもなく、一般の消費者も増えているという。


消費が伸びるオーツミルク(ナチューリ提供)

狙いはベジタリアンやビーガンにとどまらず

ナチューリは長年、植物由来飲料に大きな比重を置いてきた。しかし、2015年からは飲料だけでなく、環境にやさしく、体にも良く、そしておいしい植物由来食品を消費者に提供することに注力するようになる。販売を始めると、多くのニーズが寄せられるようになった。その結果、多くの製品カテゴリーに展開できる結果につながった。現在の製品ラインナップは、ソイミルク、ライスミルク、アーモンドミルク、オーツミルクなどの植物由来飲料だけではない。グリーンピースから作られた同社のオリジナルの代替肉「PEA’F(ピーフ)68」で製造したソーセージやハンバーガー用パティ、鶏肉の代替肉「チックフリー(Chick Free)」、ひき肉タイプの「Naturli’ミンチ」、スプレッド(バターの代替でバターの用法と同様に使うことができる)、牛乳無使用のアイスクリーム、ピザやパスタなどの冷凍食品など、約40種類に及ぶ。

この製品ラインナップからも分かるように、ナチューリのターゲット層はニッチなベジタリアンやビーガンではない。「一般の人たち」にタンパク質や栄養の摂取源として、本物の肉以外のおいしい選択肢を提供することにあるという。バターと味の遜色ないナチューリの製品「ビーガンブロックバター」や「ビーガンスプレッド」は、ロンドンやシドニーで、ビーガンやベジタリアンなどではない一般消費者にも注目されるようになった。スプレッドの一大市場である英国では、2018年時点、スーパーマーケット400店舗で取り扱われている。牛乳無使用アイスクリームは、マイナス18度まで冷やしても柔らかく、冷凍庫から出してすぐにすくい取ることができる。さっぱり目の味も受けているようだ。また、植物由来のひき肉は、スーパーマーケットで牛ひき肉の隣に置かれている。同社製品を含め、本物の肉と同様の価格帯で販売されている。「ひき肉を選びにきた消費者に、環境と身体に一層の配慮をし、価格も遜色ない選択肢を示すことで、ひき肉で慣れ親しんだ料理を植物性食品で代替して調理してみようと思わせたい」という。


オリジナルの代替肉「PEA´F68」で製造したソーセージやハンバーガーパティ(ナチューリ提供)

一般的に、「牛乳で取れる栄養素は植物由来飲料からは摂取できない。良質のタンパク質は動物由来の肉から摂取する必要がある」と考えられがちだ。だが、ルンド氏は、「それは本当だろうか?」と疑問を投げかける。同社は「豊かな自然と動物を傷つけなくても、おいしくて栄養のある食生活が可能」というメッセージを、一般消費者に向けて発信し続けている。

飛躍するナチューリ

社会的な環境配慮の動きも追い風に、ナチューリでは、2015年から複数の製品の開発に取り組んできた。今やデンマーク国内に5工場を持ち、日本や英国、オーストラリアや北欧諸国など16カ国への輸出実績を持つ。日本へは、2019年にアジア最大級の国際食料・飲料展FOODEX JAPAN2019に出展。2020年3月には、アリサン(埼玉県日高市)を取引先として日本での販売を開始した。牛ひき肉や鶏ブロック肉、バーガー用パティ、ホットドッグ用ソーセージなどの代替肉や、スプレッドタイプとブロックタイプのバター代替品を日本で販売している。

ナチューリの2019年の税引き前利益は約2,000万デンマーク・クローネ(約3億2,000万円、1クローネ=約16円)。前年比で12%増だ(図参照)。ルンド氏によると、現在の収益の58%は国内市場からだが、輸出額は着実に拡大している。

図:ナチューリ社の税引前利益(100万クローネ)
2012年、3.1、2013年、3.7、2014年、5.1、2015年、6.7、2016年、8.2、2017年、9.8、2018年、17.8、2019年、20.0

出所:デンマーク法人登録(CVR)

研究開発に注力しイノベーションを追求

ナチューリの独自性は、多品種展開を支える研究開発にみられる。「ナチューリのイノベーター」として商品開発を進めるのが、ヤン・ルンド氏だ。同氏の下、デンマークの各大学との共同研究による研究開発に力を入れ、最先端の知見を取り入れ、植物性原料業界にイノベーションを巻き起こしている。前述の「PEA’F」は、コペンハーゲン大学の研究者や民間企業とともに開発したものだ。植物由来のタンパク質から作った代替肉の製品ライン展開につなげた。さらに、近年は、デンマーク工科大学の研究者との共同研究により、アミノ酸を豊富に含んでいるとされる牧草の活用に取り組んでいる。牛の飼料でもある牧草は、人間にとって消化は困難だが栄養価が高い。牧草から栄養素を抽出し人間が摂取することがもし可能になれば、現在、栄養素の仲介者となっている牛の役割はなくなるかもしれないという発想だ。

消費者に向けたメッセージ、「変革者になれ!」

ナチューリは「変革者になれ、Be the Change」というメッセージを商品パッケージに記載している。 ニッチなビーガンのみでなく、一般消費者に広く変化の担い手になってもらいたいというメッセージだ。だからこそ、ヘンリック・ルンド氏にとって、デンマークの乳製品製造大手アーラフーズが植物由来飲料に参入してくるのは「大歓迎」なのだ。本来なら脅威になるはずだが、そうではない。「今は皆で市場を拡大していく時期だ」からこそ、大手企業が自社に追随したことは喜ぶべきことなのだという。また、「新しい参入者にアドバイスを積極的に行いたい」とも述べた。 成長目覚ましい植物由来飲料・食品市場だ。しかし、乳製品や食肉の市場と比較すると、まだまだ規模は小さい。動物由来飲料や肉以外の選択肢として、より多くの植物由来飲料・食品を一般消費者に広く提供し日常に浸透させることで、自然と植物由来飲料・食品を選ぶ人が増える未来を描く。「そのうち、日常的には代替肉を食べ、本物の肉は高価で特別な日に食ベる物となる」そんな世界が来るというルンド氏の未来像は、北欧がリードして作っていく社会なのかもしれない。


植物性飲料・食品の普及に取り組むヘンリック・ルンドCEO(ナチューリ提供)

注:
ビーガン(動物由来の食品を一切口にしない厳格な菜食主義者)を含めた数値。
執筆者紹介
ジェトロ・デュッセルドルフ事務所
安岡 美佳(やすおか みか)(在デンマーク)
京都大学大学院情報学研究科修士、東京大学工学系先端学際工学専攻を経て、2009年にコペンハーゲンIT大学でコンピュータサイエンス博士取得。2006年よりジェトロ・コペンハーゲン事務所で調査業務に従事、現在コレスポンデント。