急速な発展により注目を集める欧州エコシステム
最新動向をジェトロ現地所長が解説(2)
2020年1月14日
ジェトロが2019年12月6日に開催した「現地所長が語る転機を迎える欧州-ビジネスを取り巻く最新状況と将来像」セミナーの開催報告の後半(前半は1月14日付地域・分析レポート参照)。セッション3「欧州イノベーションの将来」では、ジェトロの西欧3事務所の所長が各地のスタートアップ・エコシステムの状況や注目すべき動向を紹介した。
欧州:地域的な広がりを見せる多様なエコシステム
まず、ベルリン事務所の高畠昌明所長が、欧州のエコシステムを俯瞰(ふかん)的に説明した。欧州各国の経済規模に対するベンチャーキャピタル(VC)投資額は、北米やイスラエルに比べるとまだ少ないとしつつも、音楽配信のスポティファイ(スウェーデン)やeコマースのザランドゥ(ドイツ)といった、ユニコーンの誕生が契機となり、各国政府がイノベーション促進に資する施策を力強く推進し始めたことを強調。アムステルダムに拠点を置くベンチャーキャピタル関係調査会社Dealroomによると、欧州の2015~2019年第2四半期の技術関連企業への投資累計額が2010~2014年の累計額と比較して3.3倍に増加したとしている。ベンチャーキャピタル大手のアトミコが発表した「欧州テック産業の現状2019」によれば、欧州におけるテック分野への2015~2019年の国別総投資額は、英国が最多でドイツ、フランスが続くという。
欧州エコシステムの最近の動向として、各州、各都市がスタートアップ支援を活発にしてきたことにより、エコシステムが地域的な広がりみせていることを指摘。ロンドン、ベルリン、バルセロナ、パリ、アムステルダム、リスボンといった従来からのスタートアップハブに加えて、この1~2年はミュンヘン、ミラノ、タリン、ストックホルムの成長が著しい。それぞれのハブには特色があり、資金調達なら優秀なアクセラレーターが多くいるロンドンやチューリッヒ、制度面で有利なのはダブリン、タリン、アムステルダム、エコシステムの質の評価が高いのはコペンハーゲンやタリンとのこと。欧州進出の際には、各地のスタートアップハブが提供するサービス・特徴のみならず、コスト、政治的・経済的安定性、準拠法の言語、人材の獲得可能性、大学などの事業連携先といったエコシステムの状況を認識しつつ、総合的に最も好条件の地域を選択すべき、とアドバイスした。
ドイツ:ベルリンを筆頭に各地にエコシステム
高畠所長は続いて、ドイツのスタートアップをめぐる状況を説明した。ドイツは一都市に集中しない分散型の産業構造が特徴だが、ベルリンでは特筆すべき大産業がなく、その空洞化地域が壁の崩壊後に東西に開かれたコスモポリタンとして発展し、欧州屈指のスタートアップ集積地として成長してきた。最近では、物価高とブレグジット(英国のEU離脱)のリスクからロンドンを敬遠し、物価や家賃がより低く、技術人材の確保も見込めるベルリンに移転するスタートアップもあるという。また、ハンブルグ、デュッセルドルフ、ミュンヘンの各都市のエコシステムの状況を、州政府からの支援内容を含めて紹介した。さらに、ドイツのユニコーン企業の事業例として、N26が提供するスマートフォンのチャットで口座を開設できるオンライン銀行のサービスや、オミオが提供するオンライン旅行予約サイトなどを取り上げ、実際に利用してみた感想を交えて紹介した。
最後に、ジェトロがオープンイノベーションに積極的な日本企業のミッションを海外のスタートアップ・エコシステムに派遣し、出会いの場を提供していることを紹介。参加に当たっては、まず自社に何が不足しているか分析し、どのようなスタートアップをどう活用するかという戦略を明確にすることが大事、とのアドバイスで締めくくった。
フランス:日本企業の投資判断が迅速に、AIやスマートコミュニティ事業の動向に注視
パリ事務所の片岡進所長はまず、フランスのスタートアップをめぐる現状を説明した。フランスのスタートアップ・エコシステムが急速な発展を遂げる中(2019年8月15日付地域・分析レポート参照、2019年10月3日付地域・分析レポート参照)、特にこの1年は、日本企業のスタートアップに対する、スタンスの変化を実感しているという。フランスを含む欧州の有望なスタートアップを、既存の事業拠点付近にとどまらず、欧州ワイドで探す日本企業からの問い合わせが増加。日本企業によるフランスのスタートアップへの出資・買収、協業事例の増加やリバースピッチを希望する問い合わせも増加傾向にある。特に大きく変わったのは、日本企業の投資判断の速さで、外国企業並みに迅速になったことを歓迎した。また、世界最大級のインキュベーション施設「ステーションF」への入居を視野に入れた視察も増加している。さらに、直近の顕著な動きとして、日本のスタートアップによる拠点設立や協業・連携パートナー探しの増加を指摘、外資大企業の傘下で「ステーションF」への入居を検討する動きもみられるという。
片岡所長は、フランスの特徴を地方のエコシステムの充実として、関係者の顔が見え関係構築が容易というメリットや、各地のエコシステムが強みとする分野を持つことを紹介した。例えば、アルザスとリヨンはバイオ、レンヌはサイバーセキュリティ―、ナントはITおよび製造技術、トゥールーズはIoT(モノのインターネット)、グルノーブルは素材、ボルドーはドローンに強みを持つ。また、フランスは特に、AI(人工知能)とバイオの分野のスタートアップが強いことを強調。理由として、歴史的に基礎数学やアルゴリズムの研究が強いこと、また、地方のすみずみまで、産学が共同研究を行う病院・大学センター(CHU)が構築されており、効果的な治験が可能で、バイオ関連の研究開発に最適な環境を持つことを挙げた。
注視すべき動向として、パリ、グルノーブル、ニース、トゥールーズでのAI学際拠点設立の動き(2019年5月17日付地域・分析レポート参照)や、地方都市でのスマートコミュニティー事業を紹介。実証化実験段階を終え、既に産業化に向けて動き出しているプロバンス・アルプ・コートダジュール地方での300社が参加するフレックスグリッド事業や、世界初となる都市圏全体のコネクト化を計画するディジョン都市圏でのオン・ディジョン事業などを例にあげ、地域の特色を保ちつつ、スタートアップを取り込みながら個別具体的な実証実験を進めることで、ダイナミックな変革が起こりつつある地方都市の動向を報告した。
ポルトガル:欧州企業の新たなる拠点として注目
片岡所長は続いて、エコシステムの急速な発展により注目を集めるポルトガル(2018年6月15日付地域・分析レポート参照)について、2010年創設のアクセラレータ-・インキュベーターのベータ・アイの取り組みを紹介した。同社は、世界の電力会社9社から抽出した共通課題を解決できるスタートアップを世界中から募り、30社ほどを選出し、1年間の実証実験の後にさらなる研究開発を進めている。片岡所長は、欧州企業の拠点にポルトガルが選ばれる理由として、2016年に誘致した欧州最大のテクノロジーイベントである「ウェブサミット」の成功、コストメリットと人材獲得の容易さを挙げた。最後に、地方の動向として、素材系のモノづくりで強みを持つポルトや、スタートアップ一色に染まるブラガなどから形成される北部エコシステムを紹介し、ポルトガル含め欧州は地方に魅力的な取り組みが多いことをアピールした。
スイス:伝統的な産業の強みを生かしつつ新分野のスタートアップが各都市に集積
ジュネーブ事務所の和田恭所長は、モノづくりからスタートアップ立国へと変貌を遂げつつあるスイスの動向を紹介した。スイスは人口850万ほどの小さな国だが、欧州最高峰とされるチューリッヒ工科大とローザンヌ工科大の卒業生や、周辺EU国から流入する外国人研究者という高度外国人材と外資がイノベーションの原動力となり、新たな産業分野を生み出しつつあるという。スイスの伝統的な産業としては、売り上げ世界第1位と3位の製薬会社であるロッシュとノバルティスを擁する医薬品、富裕層向け資産運用に強みを持つ金融、高級時計を代表とする精密機械産業が挙げられるが、それらの技術を生かしつつも、AIやドローンなど新分野のスタートアップが各都市に集積し始めている。スタートアップへの投資額は、2017年から2018年にかけて30%増と急増している(スタートアップ・ティッカー調べ)。
スイスは主要国で初めて、暗号資産(クリプトカレンシー)の取り扱い企業に銀行業の許可を与えるなど、この分野での先進性が高いことで知られるが、金融機関が集中するチューリッヒのすぐ南部の都市ツークに、暗号資産に代表されるブロックチェーン技術のスタートアップが500以上も集積し、クリプトバレーを形成している。この分野への関心の高まりは、投資額にも表れていて、フィンテックを含むICT(情報通信技術)分野への2018年の投資額は前年比2.2倍の6億8,000万フラン(1フラン=約112円)に上り、スイスの主力産業であるバイオテック分野への投資額(2億5,000万フラン、43%増)を初めて上回った(出所同じ)。そして、画像処理技術を中心としたAI分野のスタートアップがチューリッヒに集積していることも注目される。グーグルのYouTube関連技術、フェイスブックのVR(仮想現実)端末のオキュラスの開発や、ディズニーの新しい動画配信サービスのディズニープラスの技術開発は、チューリッヒで行われている。そのほか、ローザンヌ工科大学が中心となって進める「ブルーブレインプロジェクト」を代表とするライフサイエンス分野や、同大学の得意分野であるロボティクスの技術を応用したドローン開発の進展も目覚ましい。
和田所長は、スイスにはアクセラレーターがまだ少なく、エコシステムは発展途上としつつも、スタートアップ向けの教育訓練や表彰制度などが活発に行われており、注目に値するとした。
- 執筆者紹介
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ジェトロ海外調査部欧州ロシアCIS課
野々下 美和(ののした みわ) - 2019年6月から海外調査部欧州ロシアCIS課勤務。
最新動向をジェトロ現地所長が解説
- 新体制となったEU 、変革の時を迎えた欧州が向かう先
- 急速な発展により注目を集める欧州エコシステム