EUおよびメルコスールは共に巨大市場へのアクセスを拡大
EU・メルコスール通商協定が与える影響は?

2020年9月16日

2019年6月28日、欧州委員会とメルコスール4カ国(アルゼンチン、ブラジル、パラグアイ、ウルグアイ)政府は、EU・メルコスール間の自由貿易協定(FTA)が政治合意に達したことを発表した(2019年8月30日付地域・分析レポート参照)。2020年9月14日時点で、署名はまだ行われていない。署名後、EU側ではEU加盟各国議会での承認、メルコスール側でも同様に4カ国での議会承認が必要なことから(注1)、発効には時間を要するとみられる。

日本との関係でみると、メルコスールの対日輸入品目の多くは、EUからの輸入品目と重なるため、EU・メルコスールFTAが発効すれば、主に日本からメルコスール向け輸出に影響が出てくるだろう。欧州委員会外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますブラジル外務省外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます などのウェブサイトでは、協定条文案などが掲載されており、本FTAの大枠を捉えることができる。

EUは関税削減効果を享受、農産品輸入の基準はEUの安全基準を維持

欧州委員会外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますによれば、本FTA発効によりEUは、大規模な経済市場へのアクセスが可能となる。メルコスール4カ国の総人口は約2億6,437万、GDPの規模は2兆5,051億ドルだ(注2)。メルコスール事務局の統計外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますによれば、2019年のメルコスールの対EU輸入額は436億9,800万ドルで、2019年のメルコスールの総輸入額の21.1%を占める。EUにとって、メルコスールは重要な輸出相手だ。

2019年6月28日付の欧州委員会の資料外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますによれば、本FTA発効によりEUでは、関税の削減および撤廃効果が期待されている。多くの品目で関税が最終的に撤廃されることから、関税削減効果は年間40億ユーロにも上ると試算する。欧州委員会は「EUが既に締結している対カナダ、対日本FTAと比較し、対メルコスールとのFTAは関税削減効果が最も高い」と説明する(注3)。対メルコスールへの主要輸出産品である完成自動車(メルコスール側関税率:35%)、自動車部品(14%から18%)、機械(14%から20%)、化学品(最大18%)、医薬品(最大14%)などは、メルコスール側の関税率が高いため、関税メリットを享受しやすい(注4)。

関税削減に加えて、食品安全などについても言及している。資料では、「EUの食品安全基準は変わることはない」とし、「全ての輸入産品はEUの安全基準を満たしたものとなる」と記載されている。欧州委員会が2019年9月に公開したファクトシートPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(155.75KB)では、「ホルモン牛肉や、EUにおいて未承認の遺伝子組み換え作物(GMO)がEU市場に入ることはない」と説明している(2020年8月24日付地域・分析レポート参照)。

また、欧州委員会によれば、本FTAの特徴として、EUがこれまで締結したFTAの中では最大となる357品目の地理的表示(GI)が保護される。これは、2019年2月に発効した日EU・EPAの5倍弱に相当する。GIは、特定の産地と製品の品質や製法の特性が結びついた農林水産物・食品、酒類などの名称を知的財産権として保護する制度。EUが積極的に保護強化を推進している制度だ。

メルコスールは輸出拡大とサービスなど新たな分野で市場アクセス拡大を実現

メルコスール側ではどうか。ブラジル外務省によれば、オレンジジュース、果物、コーヒー豆といった主要輸出産品のさらなる輸出拡大が見込まれている。ブラジルからEUへの輸出額は、「2035年に1,000億ドルに達する」と期待を寄せる。2019年のブラジルからEUへの輸出額は358億8,500万ドル(注5)。現在、ブラジルからEU向けに輸出されている品目のうち、タリフラインベースで24%が無関税だ。これが、FTA締結により、EU側ではメルコスールからの輸入品について、タリフラインベース、金額ベースともに9割以上の品目で関税が撤廃される。さらなる輸出増加が期待される。

ブラジルにとってEUは重要な貿易投資相手国だ。

メルコスール事務局の統計によると、2019年のメルコスールの対EU輸出は、輸出額全体の16.7%を占める。ブラジル経済省によると、2019年のブラジルの国・地域別対内直接投資では、投資相手国上位10位までに、オランダ(第2位)、英国(第5位)、スペイン(第6位)、フランス(第7位)、ルクセンブルグ(第8位)、ノルウェー(第9位)が入っており、これら6カ国を合わせると、投資額全体の40.1%を占める(表1参照)。なお、ブラジルには、既に製造業の分野などで多くのEU企業が進出しており、伝統的な結びつきも強い。

表1:ブラジルの国・地域別対内直接投資(国際収支ベース)
対内直接投資(単位:100万ドル、%)(△はマイナス値)
国・地域 2018年 2019年
金額 金額 構成比 伸び率
米国 7,287 10,286 21.0 41.2
オランダ 9,232 6,213 12.7 △ 32.7
チリ 1,038 3,829 7.8 268.8
ケイマン諸島 1,858 2,921 6.0 57.2
英国 887 2,907 5.9 227.8
スペイン 3,397 2,875 5.9 △ 15.4
フランス 1,340 2,871 5.9 114.3
ルクセンブルク 2,422 2,552 5.2 5.4
ノルウェー 786 2,198 4.5 179.6
日本 1,124 1,958 4.0 74.2
カナダ 1,324 1,559 3.2 17.7
ドイツ 3,793 1,440 2.9 △ 62.0
スイス 1,186 793 1.6 △ 33.1
イタリア 687 725 1.5 5.5
合計(その他含む) 46,165 48,951 100.0 6.0

注:親子会社間の資金貸借を含まないグロスの直接投資額(フロー)。
出所:ブラジル中央銀行

本協定は、高水準の関税撤廃に限らず、幅広い分野にわたるルールを実現した、メルコスールにとっては初となる包括的なFTAだ(注6)。ブラジル外務省は、ブラジル企業がEUにおいてさまざまなサービス分野、例えば、通信、建設、観光、公共交通機関、金融サービスなどへのアクセスが可能となること、政府調達の分野ではブラジル企業にとっては、推定1兆6,000億ドルの市場アクセスが広がる、と強調している(注7)。また、通関手続きの円滑化を促進することで、双方の貿易活性化へ期待を寄せている。

関税削減は、日本からの輸出品目に影響も

欧州委員会外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます は、2019年7月12日付けで協定条文案および概要をウェブサイトに掲載している(注8)。協定条文案は、全部で17章から構成されている(表2参照)。

表2:EU・メルコスールFTAの構成
No 項目 英語表記
第1章 物品貿易 Trade in Goods
第2章 原産地規則 Rules of Origin
第3章 税関および貿易円滑化 Custom and Trade Facilitation
第4章 貿易救済措置 Trade Remedies
第5章 衛生植物検疫措置(SPS) Sanitary and Phytosanitary Measures
第6章 対話 Dialogue
第7章 貿易の技術的障害(TBT) Technical Barriers on Trade
第8章 サービスおよび設立 Services and Establishment
第9章 政府調達 Public Procurement
第10章 競争政策 Competition
第11章 補助金 Subsidies
第12章 国有企業 State-owned Enterprises
第13章 知的財産権 Intellectual Property Rights, including Geographical Indications
第14章 貿易および持続可能な開発 Trade and Sustainable Development
第15章 透明性 Transparency
第16章 中小企業 Small and Medium-sized Enterprises
第17章 紛争解決 Dispute Settlement

出所:欧州委員会およびブラジル外務省

EU・メルコスールFTAにおける関税撤廃および削減概要については、協定文案概要PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(357.13KB)によれば、メルコスール側はEUからの輸入品について、タリフラインおよび金額ベースで91%を、最長10年かけて関税撤廃する。一部の完成自動車や自動車部品など、特別な取り扱いを要するセンシティブ品目は、最長15年かけて無関税化する。

EU側はメルコスールからの輸入品について、タリフラインベースで95%(額ベースで92%)を、最長10年かけて無関税化する。牛肉、砂糖、エタノールといったセンシティブ品目は、関税割当制度を適用する(2019年8月30日付地域・分析レポート参照)。

関税撤廃スケジュールについては、付属書(「物品貿易」章Annex1)が公開されていないため、詳細は不明だ。ただ、ウルグアイ外務省のウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます には、政治合意時のメルコスール側PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(6.43MB)EU側PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(5.18MB)双方の関税撤廃スケジュールが掲載されている。関税撤廃スケジュールは、EU側は、即時撤廃、4年、7年、10年、メルコスール側は、即時撤廃、4年、8年、10年、15年となっている。

メルコスール事務局の統計によれば、2019年のメルコスールの対日輸入で最も金額の大きい、NCMコード(注9) 8708.40.80に分類される「ギヤボックス及びその部分品」(注10)は、EU・メルコスールFTAの関税撤廃スケジュールに照らし合わせると、15年で関税が撤廃される。次いで、日本からの輸入額の大きい、8905.90.00に分類される「照明船、消防船、しゅんせつ船、クレーン船その他の船舶」(注11)は、EU・メルコスールFTAの関税撤廃スケジュールでは、10年で関税撤廃。8703.40.00「ハイブリッド車(ガソリンエンジンでプラグイン車を除く)」(注12)は、EU・メルコスールFTA発効後、即時撤廃される。

なお、いずれの品目もメルコスールの対EU輸入品目と重複する。


注1:
メルコスールは、域外国・地域と特恵関税協定を新規で締結する場合、ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイの加盟4カ国による全会一致での承認を必要とするコンセンサス方式を採用している。
注2:
日本の外務省が公表している、アルゼンチン、ブラジル、パラグアイ、ウルグアイ4カ国のデータを足し上げたもの。
注3:
対カナダとの関税削減効果は6億ユーロ、対日本との関税削減効果は10億ユーロと試算されている。
注4:
メルコスールは関税同盟で、対外共通関税率を適用している。一方、各国で例外品目およびその関税率の選定が認められているため、品目によっては4カ国で関税率が異なることがある。記載の関税率は、欧州委員会資料のまま。メルコスール各国の関税率はウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますで参照できる。
注5:
出所はメルコスール事務局の統計。
注6:
メルコスールは、インドおよび南部アフリカ関税同盟(SACU)と特恵関税協定、イスラエルおよびエジプトとFTAを締結している。そのほか、ラテンアメリカ統合連合(ALADI)の枠組みで、中南米域内の複数国と経済補完協定(ACE)を締結している。
注7:
これまでメルコスールが締結した通商協定には、政府調達に関する条項は盛り込まれていない。また、ブラジルは2020年5月19日、WTO政府調達委員会で正式にWTO政府調達協定への加盟申請を行った。ブラジルが加盟すれば、中南米で初の加盟国となる。
注8:
同条文案は、今後、法的な精査を受けるため、確定したものではない点に留意が必要。
注9:
8桁で構成されるメルコスール共通関税番号。上6桁はHSコードと同じ。
注10:
日本語の品名はHSコードに照らし合わせたもの。NCMコード上の品名は「Other gearboxes」
注11:
日本語の品名はHSコードに照らし合わせたもの。NCMコード上の品名は「Light-vessels/floating cranes/docks/flotation dikes,etc」
注12:
日本語の品名はHSコードに照らし合わせたもの。NCMコード上の品名は「Other vehicles, equipped for propulsion simultaneously with a reciprocating piston engine spark ignition (spark) and an electric motor, except those likely to be charged by connecting to an external power source」
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部米州課 課長代理(中南米)
辻本 希世(つじもと きよ)
2006年、ジェトロ入構。ジェトロ北九州、ジェトロ・サンパウロ事務所などを経て、2019年7月から現職。