「いいね!」の共感が消費者と店舗をつなぐサービスを展開(ロシア、日本)
ロシア・スタートアップ企業事例(1)

2019年7月31日

日本では、飲食店や美容室などサービス産業の店舗は新規顧客獲得に苦労する中、広告費にコストがかかり、人手不足から広告作成・管理にも労力を割けず、売り上げと利益を伸ばすのに行き詰まっているところが多い。この課題の解決に向け突破口を提供するスタートアップ企業がある。ロシア人留学生が東京で起業したLikePay(以下、ライクペイ)だ。創業者のイーゴリ・ヴォロシオフ氏(以下、イーゴリ氏)と、秘書で広報・営業担当の中村有紗氏に、企業の概要や経緯、日本でのビジネス展開について聞いた(5月27日)。


LikePay創業者のイーゴリ・ヴォロシオフ氏(左)と
秘書で広報・営業担当の中村有紗氏(ジェトロ撮影)
質問:
企業概要やサービス内容、ビジネスモデルについて。
答え:
ライクペイは2018年8月に創業。ロシアと日本それぞれにチームメンバーを持つ会社だ。ライクペイに加盟している飲食店や美容室、ネイルサロン、エステサロンなどの情報を、消費者が自身のインスタグラムやツイッターなどのSNSアカウントで拡散し、それに対する「いいね!」の獲得数に応じて割引が受けられるというサービスを展開している(図参照)。割引は、ライクペイが加盟している店舗であればどこでも利用することが可能。店舗側のメリットとして挙げられるのは、広告費が不要なこと、ユーザーが発信する情報が広告・プロモーション材料となるため、広告作成・管理の手間が不要なこと、メディアに掲載する広告と異なり、知り合いによる口コミ情報のため、潜在的な顧客に響きやすいという点だ。ライクペイ社は「ライクペイアプリ」を活用して割引を受けた消費者の支払金額の数%を、割引とは別に手数料として店舗から徴収することで収益を上げる仕組み。実際に消費者が来店した場合に限り、支払金額の一部を手数料として支払うため、費用対効果が見えにくい広告費への投資を避けたい店舗側にとってはメリットとなる。
図:ライクペイのサービス内容
SNSの「いいね!」が割引ポイントになるサービス: LikePayはお店の写真を#タグをつけてSNSに投稿すると「いいね!」の数だけ割引を貰えるサービスです。 割引が貰えておトクなので、お客さんがよりSNSに投稿してくれるようになります。 また、割引を使うためにリピーターとして再来店する確率が上がります。

出所:LikePay提供

サービス利用者のターゲットは20代から30代前半の女性。SNSの投稿に慣れていることと、自分および自分の関心あるものに対して情報発信をすることに興味を持っている年齢層のためだ。店舗側は、既存の広告メカニズムでの新規顧客獲得に苦労している。
質問:
ロシア人が日本で起業するのは珍しいが、きっかけは。
答え:
起業のアイデアを思いついたのは2018年1月。イーゴリ氏が渋谷の美容室に行った際、そのサービスレベルに感動し、友達や知り合いに紹介したくなった一方で、美容室が新規顧客開拓に苦労していると美容師から聞いたことだ。新規顧客開拓のために広告を掲載し、さらにクーポン券を出す流れとなるが、割引が発生して客単価が下がるため、売り上げ増につながらない。新規顧客を1人獲得しても、3回程度の継続した来店があって初めて、1人当たりにかけるコストが黒字になる状況を何とか助けたいとの思いを抱いた。
日本人のSNSの使い方が外国人と違うことに気づいたこともある。外国人は自撮りや旅行など、自分や家族を中心に撮影するのに対して、日本人は料理や美容ケアサービス、製品にフォーカスを合わせることが多く、自分の気に入った製品・サービス、お店を投稿する傾向がある。こうしたこともあり、「いいね!」が多く付いているお店に行こうという意識が強く、「いいね!」、つまり、「共感」が収益と割引につながるシステムであれば、消費者、店舗双方がウィンウィンの関係になるのではないかという仮説を立てた。
アイデアを実現するために、ロシア南部クラスノダル市でロシア小売最大手マグニト本社のシステムエンジニアとして働いている創業者の兄(セルゲイ・ヴォロシオフ氏、以下、セルゲイ氏)に相談した。兄はこのアイデアに賛同し、プライベートの時間を使って試作アプリを作成。2018年3月にプロトタイプを立ち上げた。
質問:
起業には独創的なアイデアが重要だが、創業者の経歴は。
答え:
イーゴリ氏は現在、大学院生。ロシア南西部ブリャンスク州出身。父親の仕事の関係で、子供時代をタガンログ市やサンクトペテルブルク市で過ごした。その後、モスクワ国立大学国際関係学部に入学し、第2外国語として日本語を選択した。大学卒業後は、日本語を生かして東大大学院新領域創成科学研究科サスティナビリティ学グローバルリーダー養成大学院プログラム(柏の葉キャンパス)に進学。都市デザイン、環境デザイン、都市空間デザインなどを専攻し、現在、街づくりを研究している。
中村氏は東京外国語大学ロシア語学科出身。モスクワ大学留学中に現地でのイベントを通じて、イーゴリ氏と出会った。その後、官公庁勤務や民間企業での業務の傍ら、イーゴリ氏の起業とビジネスを支えてきた。
質問:
外国人が日本でビジネスを立ち上げるには障壁が多いと思うが、起業に当たってのポイント・苦労点について。
答え:
日本での会社設立には困難が付きまとった。まず、イーゴリ氏が学生なので登記の際、会社の代表者になれないこと、さらに、留学ビザで在留しているため、投資経営ビザを取得できないこと。仕方なく、兄のセルゲイ氏を代表取締役としたが、日本在住ではないため、宣誓供述書や署名証明書などの原本が必要だった。署名証明書については、ロシアでは存在しない文書のため、ロシアの公証人には理解が難しく、説明が必要だった。立ち上げに際しては、東京開業ワンストップセンター(TOSBEC)に10回以上通い、無料で相談に乗ってもらった。
最も難しかったのは、銀行口座の開設。当初、資本金が1万円だったこと、オフィスが東京・神谷町にあるフレキシブルオフィス内にあること、さらに、外国人が代表者のため、ペーパーカンパニーでないかと疑われた。最後はエンジェル投資家の支援で何とか口座を開設することができた。
質問:
起業には資金が必要だが、調達方法は。
答え:
試作品を立ち上げた後、2018年4月にアーク森ビル(東京・赤坂)で開催された日本のベンチャー基金「インキュベイトファンド」主催のイベントで出会ったエンジェル投資家から10月に出資を受け、その後、3月に2人目のエンジェル投資家から投資をもらった。
質問:
日本でビジネスをするメリットと、ロシアとの違いは。
答え:
日本で起業するメリットは、(差別化が難しい)さまざまなサービスがあふれており、競争が厳しいことが挙げられる。この点、ロシアにいる現地ビジネス関係者に当社のサービスを紹介しても、なぜこのようなサービスが必要なのか理解できない。資金調達できたのも、(低金利で)金余り状況の日本だからこそといえよう。ロシアでは日本と同様に、投資家は資金提供には非常に慎重だが、日本と異なってエンジェル投資には関心がなく、出資が条件となる。出資の場合、議決権を渡すことになるため、起業家は投資を受け入れにくい。そのほか、行政の障壁面では、ロシアの場合は、税務申告を毎月行わなくてはならないが、日本では年1回で済むことが挙げられる。
質問:
競合する企業は存在するか。
答え:
競合先は特にない。中国企業が似たようなアプリを作成していたが、スキームがメッセンジャーアプリに割引クーポンがもらえるリンクを送付するもので、送付メッセージがスパムメールのようなかたちになってしまい機能しなかった。スペインでも当社に似たサービスが生まれたが、ここ半年間は動きが見られない。
質問:
今後の展開や目標は。
答え:
まずは、採算ラインとなる4万ユーザーの獲得を2019年内に目指す。2020年に100万ユーザー、2021年以降に500万ユーザーに拡大していく。ユーザーを増やすには、加盟店の増加が不可欠のため、現在、代理店を活用して加盟店数拡大を図っているところ。また、消費者が投稿可能なSNS媒体も増やしていく。現在は投稿先をインスタグラムとツイッターに限定しているが、今後はラインやティックトックなどにも拡大していく予定。ただし、SNS媒体と連動させるには、SNS運営会社による承諾を得る必要があり、審査を経なければならないため、簡単にサービスを増やせる状況ではない。インスタグラムの認証を得るのに半年も要した。
海外展開も考えている。世界には10億人のユーザーがいる。食べログやホットペッパーといった日本のサービスが国際的にも認知されるようになってきている。2020年の東京オリンピック・パラリンピックには大勢の外国人が訪日するため、それまでにライクペイのネットワークを構築し、まずは知ってもらうことが目標。最終的な到達点はサービスを完全無料化し、データビジネスを運営することだ。
執筆者紹介
海外調査部欧州ロシアCIS課 リサーチ・マネージャー
齋藤 寛(さいとう ひろし)
2007年、ジェトロ入構。海外調査部欧州ロシアCIS課、ジェトロ神戸、ジェトロ・モスクワ事務所を経て、2019年2月から現職。編著「ロシア経済の基礎知識」(ジェトロ、2012年7月発行)を上梓。