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ワイヤーハーネス生産の16年間(ルーマニア)
矢崎ルーマニアの元プラントアドバイザー・西川氏に聞く

2019年9月20日

ルーマニア国内に4つの工場を構える矢崎総業(現地法人名「矢崎ルーマニア」)は、欧州各地の完成車メーカー向けにワイヤーハーネス(コネクターや端子付きの組み電線)の供給を行う、世界トップシェア企業である。ルーマニア全体での従業員数は現在約6,000人。現地進出日系企業では最大の雇用数を誇っている。同社のルーマニア進出は2003年にさかのぼるが、2019年6月末に退職するまでプラントアドバイザー兼NPLPPコーチマネージャーを務めた西川雅一朗氏は、その第1工場の立ち上げ当時から一貫して生産・拡張の現場に携わってきた。同氏に16年間の取り組みと今後のルーマニアにおける同社の見通しについて聞いた(2019年6月18日)。

矢崎ルーマニアの16年間と、ワイヤーハーネス製造企業の進出動向

西川氏が矢崎総業で働き始めたのは、今から30年前。その後、メキシコに5年、ベルギーに5年、そしてルーマニアに16年と、現在に至るまでの26年間を海外で勤務した。とりわけ矢崎ルーマニアにおけるワイヤーハーネス生産拡大は、西川氏の矢崎総業への貢献の集大成と言える。

ワイヤーハーネスとは自動車内部の電気配線のことで、複数の電線(ワイヤー)を束ねたものに、コネクターや電子部品が装着された集合部品のことを指す。ワイヤーハーネスは、メーカーや車種、カスタマイズの有無によって複雑な仕様を満たす必要があるため、1つ1つ手作業で組み上げていく。このことから、ワイヤーハーネス製造は労働集約産業といえ、他の製造業が進出するよりも先に、比較的賃金の低い国に早期進出する傾向が強いことが特徴である。


矢崎ルーマニアの元プラントアドバイザー・西川氏(矢崎ルーマニア提供)

2003年に、矢崎ルーマニアの第1工場はブカレストから北に約70キロ離れたプロイエシュティ市郊外の工業団地に建設された。当時のルーマニアはまだEUに加盟しておらず、外資の進出も多くなかったが、同社はそれらに先駆けて進出し、同工業団地への最初に投資した企業となった。その後、ルーマニアは2007年にEUに加盟し、2011年に矢崎ルーマニアは南部のカラカル市に第2工場を建設した。これは、同市から約50キロ北西のクラヨーバ市にあるフォード工場への納品を見込んでの「攻め」の進出だった。2014年、欧州の債務危機からの景気回復を捉え、同社はプロイエシュティ市の第1工場から約30キロ東にあるウルラツィ市に第3工場を建設した。さらに2015年、BMW向けに特化した工場として、東部ブライラ市に同社にとってルーマニア最大となる第4工場を建設した。建設時には、ルーマニア政府から「新規雇用創出に関わる国家補助金」を獲得し、雇用数も最大時で4,630人(2017年時点)を創出するなど、国内で最大の工場となった。現在、矢崎グループはこれらに加え、矢崎コンポーネントテクノロジー社(アラド市)とその研究開発(R&D)拠点(ティミショアラ市)があり、ルーマニアに計6拠点を有する。

ルーマニアに進出している日系ワイヤーハーネス事業者は、矢崎ルーマニアのほかに、フジクラ、住友電装(SEWS)、住友電工(SEBN)などがある(図参照)。そのほか、主要な外資競合では、旧デルファイ・コーポレーションの米国のアプティブ(進出先:イネウ、スンニコラウ・マーレ)、同じく米国のリア(ピテシュティ)、ドイツのレオーニ(アラドほか)などが進出済みだ。

矢崎グループとしては、今後、欧州内新興国への横展開は積極的に行わない方針であるという。西川氏は、「ルーマニアの隣国モルドバ政府から、熱心な誘致オファーを受けていたが、当時、従業員の賃金コストなどを試算し、ルーマニア国内の地方都市に投資する場合と大差がなく見送った経緯がある。また、西バルカン諸国のうち、北マケドニアは法人税が10%と非常に低く、失業率も高いため進出を検討した時期もあったが、政治・経済情勢を総合的に見て投資決定には至らなかった。セルビアには2016年に工場を設立したが、欧州新興国への投資は一段落した。今後は既存工場のさらなる効率化を目指すことになるが、新規投資があるとすれば、欧州ではなく北アフリカ(モロッコ、チュニジア、アルジェリアなど)になるだろう」とみている。

図:ルーマニアとモルドバの主な日系ワイヤーハーネス工場
ルーマニアに進出している日系ワイヤーハーネス事業者の拠点を地図上で示しています。 矢崎ルーマニアの第1工場はブカレストから北に約70キロ離れたプロイエシュティ市郊外の工業団地に、第2工場は南部のカラカル市に、第3工場は第1工場から約30キロ東にあるウルラツィ市に、第4工場は東部ブライラ市にあります。  フジクラはルーマニア北西部のデジとクルージュなどに工場があります。住友電装は西部デヴァなど複数都市に工場があります。住友電装の親会社にあたる住友電工は、同社のドイツ子会社(Sumitomo Electric Bordnetze SE)が西部ブキン及び南西部ドロベタ・トゥルヌ・セベリンの2都市に工場があります。

出所:ジェトロ作成

賃金上昇と失業率低下への対応策

ルーマニアでは近年、失業率の低下が顕著であり、2019年8月現在は全国平均で4.0%程度となっている。特に失業率が低いのは、ブカレスト近隣とハンガリー国境寄りの西部(トランシルバニア地方)で、低いエリアでは1%から2%台となっている。高速道路インフラの整っていない北東部や南西部の諸県ではいまだ10%近い失業率を記録する地域も見られるものの、北東部の人材は定着しづらく、南西部では教育水準が低いことがデメリットとされる。さらに、ここ数年間は政府主導による最低賃金の急激な引き上げもあり、人材確保が困難になっている。総合的にみると、ルーマニア全体として数千人規模の大規模雇用は難しくなっているのが現状だ。

表:最低賃金および平均グロス給与の推移(月額)(2003年~2019年)単位:レイ(1レイ≒25円、2019年8月時点)(—は値なし)
2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019
最低賃金 250 280 310 330 390 500 600 600 670 700 700→800 850→900 975→1050 1,250 1,450 1,900 2,080
平均グロス給与 664 818 968 1,146 1,396 1,761 1,845 1,902 1,980 2,063 2,163 2,328 2,555 2,809 3,223

※2013年から2015年は、年度内に2度の最低賃金上昇。
出所: Countryeconomy.com外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますルーマニア統計局外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます

西川氏によれば、矢崎ルーマニアは従業員が最も多かった時期には国内で約1万1,000人を雇用していたが、近年ではその半分近いの6,000人弱にとどまるという。人材確保を困難なものにする低失業率や最低賃金上昇の背景には、賃金の高い西欧諸国への労働力流出がある。国連の2017年末の統計によれば、在外ルーマニア人は約358万人とされ、イタリア(在外ルーマニア人の29%)、スペイン(18%)、ドイツ(17%)の順に多く居住している。

矢崎ルーマニアはこのような課題に対して、1つ目の対応策として、南部カラカル工場で2019年5月から、地元の普通高校の中に「矢崎学校」と称するトレーニング施設を作った。同施設では、ワイヤーハーネス製造のノウハウを学ぶことができ、最大100人程度のトレーニング生を受け入れられる。2019年6月末時点で64人の生徒が研修を受けており、数カ月間の訓練の後、高校卒業後に工場のワーカーとして、矢崎ルーマニアに就職することができる。他のルーマニア進出日系製造業でこのような取り組みをする企業はこれまでなく、日系企業としての先鞭(せんべん)をつけた。2つ目の対応策として、プロイエシュティ工場で、一部の生産工程を機械化してワーカー不足を補う取り組みを開始した。生産管理の面でも、従来は人手をかけて数量を数えていたが、人工知能(AI)カメラを搭載した機材導入によって人件費を減らすことなど、今後は可能な限り自動化し、生産現場のイノベーションを図るという。さらに、全工場でワーカーの動きの無駄を徹底的に見直し、作業の「手元化」を進めているといい、これは工場内のスペースを最大限に有効活用することにつながる。

矢崎ルーマニアでの16年間と今後の見通し

矢崎ルーマニアでの16年間を振り返って、西川氏は次のように語る。「ルーマニアには現在、投資庁に当たる『インベスト・ルーマニア』があるが、進出当時は自社の投資拡大には、地元の商工会議所との関わりが重要だった。特にルーマニア最大の商工会議所の1つであるプラホバ県商工会議所からは、積極的なサポートを得た。ルーマニアでは、まずは商工会議所と連携することが重要だ。また、ビジネス環境では、担当者によって制度の運用が違う点は昔から変わっていない。ビザ取得にかかる時間と書類の多さも課題だ。高速道路や鉄道インフラが整っていないため、納品に時間がかかる。また、従業員は畑や家畜を所有する兼業農家が多く、企業には必ず従業員を帰宅させるという暗黙の義務がある。冬に激しい積雪があった場合には、企業は従業員を送り届ける必要が生じるなどルーマニア特有の事情もある」

2016年、欧州統括会社に当たる矢崎ヨーロッパの大規模な組織替えがあったという。それ以前のマネージャーは同じワイヤーハーネス製造大手(レオーニ)出身の外国人だったが、その後、日本人に変わった。その際、矢崎グループがあたかもファイナンス企業になっている現状を改め、「ものづくりの原点に還る」ことが大方針として示された。西川氏は「矢崎らしさ」について、次のように語る。「矢崎の工場は、日本国内でも工場によって方針が違う。各工場の方法論による、ものづくりの競合があり、それが良い方向に向かうのが矢崎の強みだった。しかし、昨今は生え抜きの人材が辞め、代わりにリア、レオーニ、パッカードなど、大手外資競合のマネージャーが着任するケースが多く、外資の従業員とノウハウが持ち込まれ、それらに影響されすぎている。改めて、矢崎のものづくりの原点に還る必要がある。ワイヤーハーネス生産については、今後、欧州市場は電気自動車(EV)の時代になり、業界内でも大きな変革期を迎えているが、EVになってもワイヤーハーネス自体はなくならない。例えば、車に高電圧のバッテリーが搭載されれば、ワイヤーが太くなり、新たな仕様の製品が求められる。また、自動運転の技術が進むにつれて、センサーやカメラなどに接続できる製品が必要とされることから、時代に即したものづくりがルーマニアで根付くことを期待する」

執筆者紹介
ジェトロ・ブカレスト事務所長
水野 桂輔(みずの けいすけ)
2007年、ジェトロ入構。輸出促進・農水産部でデザイン雑貨や伝統産品の海外輸出支援を担当(~2010年)。ジェトロ仙台で東日本大震災後の復興支援・風評被害対策事業に従事(~2013年)。ビジネス情報サービス部、ミラノ万博日本館事務局(~2015年)を経て、2015年12月より現職。

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