日本のスタートアップ・エコシステムは形成されたのか
主要国と比較した日本の強みと弱み

2019年10月15日

第4次ベンチャーブームと言われる日本。現在1万社を超えるスタートアップ(注1)が存在するといわれており、起業をサポートする仕組みも充実してきた。他国と比較して見えてきた日本のエコシステムの現状をひも解く。

東京が牽引する日本のエコシステム

米国のシリコンバレーを発祥とするエコシステム(図1参照)は、起業する人材をはじめ、資金、周辺の企業基盤や法規制など、さまざまな要素が偶発的または必然的に重なり合って形成される。エコシステムは、事業の高い革新性、イノベーションの追求を得意とするスタートアップを継続的に生みだし、企業の新陳代謝を促進させる働きを持つ。

図1:エコシステム概念図
社会課題(高齢化・失業率の増加・産業空洞化・医療格差等))からスタートアップが派生し、エコシステムを通じて、投資回収(エグジット)・スケールアップを行うエコシステムの概念図。構成要素は起業家(学生・外国人起業家・中途退職者・連続起業家 等)、資金(VC・政府補助金・エンジェル投資家等)、機会(ピッチコンテスト ・アクセラレータプログラム・インキュベーション施設 等)、外部環境(政府のイニシアティブ・既存企業 ・大学・研究機関・ITインフラ・法・規制等)。

出所:各種情報をもとにジェトロ作成

現在は世界中でエコシステムの形成が進み、各地でさまざまな特色がみられる(表1参照)。例えば、フランス・パリや英国ロンドンでは1990年代以降、製造拠点の周辺国移転などで産業が空洞化したことから、未来産業育成に向けたイノベーション促進の動きが高まり、産学官連携や研究開発が中心となったエコシステムが形成されている。アジア諸国においても、インフラの未整備、過度な人口密集、高い失業率などの社会課題の解決に資する、eコマースや輸送サービス関連分野のスタートアップが増加するなど、特徴のあるエコシステムがみられる。

日本でも、ようやくエコシステムの必要性の認識が高まり、スタートアップ支援体制が強化されてきた。「Global Startup Ecosystem Report 2019外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」(米Startup Genome社より)では、日本からは東京がエコシステムのグローバル連携が進み始めた段階、つまり「初期グローバリゼーション」のエコシステムとして、2019年に初めて取り上げられた。強みのある分野として、製造ロボットやフィンテックが紹介されている。外資系企業が参加できる東京都のアクセラレータプログラム「フィンテックビジネスキャンプ東京」や経済産業省が推進するスタートアップ企業育成支援プログラム「J-Startup」についても言及しており、これまでの東京における取り組みなどが評価されたといえる。

表1:世界の主要エコシステムの強み
都市 エコシステムの強み
シリコンバレー
起業家、資金、機会、外部環境
  • エコシステムの発祥といわれるシリコンバレーでは自然発生的にエコシステムが形成。シリアルアントレプレナー(連続起業家)がメンターとなり、継続的にスタートアップが生まれる仕組みが確立されている。
  • 外国籍の起業家も多く存在し、多様性を持つ。
ボストン
起業家、資金、外部環境
  • ライフサイエンス企業やマサチューセッツ工科大学、ハーバード大学などの研究機関が集積。
  • これらの集積から起業家やスピンオフのスタートアップが生まれ、連携を狙う大企業や投資家を引き付けている。
ヘルシンキ
機会
  • 欧州最大のベンチャーイベントである「スラッシュ」(SLUSH)では、世界中から多数の大企業や投資家が参加し、起業後のネットワークを広げられる場となっている。
ロンドン
起業家、資金、外部環境
  • 金融都市としてフィンテック、ブロックチェーン、仮想通貨の分野に挑戦するスタートアップが集積。
  • 実証実験の活用により、新規産業を創出するためのサンドボックスを設置するなど、柔軟かつ先進的な法制度が整っている。
パリ
資金、外部環境
  • 政府はスタートアップ支援策であるイニシアティブ「フレンチテック」を主導。海外スタートアップに対しても手厚いサポートを提供している。
  • ファッションやライフスタイル関連分野のスタートアップが集積。
ベルリン
起業家、機会
  • 東西分断の時代に産業が空洞化し、生活費が旧西ドイツよりも安いことなどから、アーティストやハッカー等のサブカルチャー文化の中でエコシステムが発展。
  • 起業家志望の学生サポート体制が整っており、東欧の優秀なエンジニアも集まる。
テルアビブ
起業家、資金、機会
  • ノーベル賞を受賞する研究者や兵役終了者の起業家が多く、ライフサイエンスやサイバーセキュリティ等の分野でスタートアップが生まれる。
  • ユダヤ人コミュニティがエコシステム形成に大きな役割を果たす。
ドバイ
外部環境
  • 天然資源に頼らない経済発展を目指す政府は、外国からのスタートアップ誘致に積極的である。
  • 首長自らのイニシアティブの下、ファンドやベンチャー支援機関を立ち上げている。
シンガポール
資金、外部環境
  • 政府が強く主導し、短期間でイノベーションハブを確立。
  • 金融都市として、外資系企業が集積するほか、資金調達拠点としての地位を確立している。
上海
起業家、資金
  • ライフスタイルやコンテンツ関連のビジネスモデルを強みとしたECスタートアップが集積。また、イノベーションモデル地区が設定され自動運転の実証実験が行われている。
  • スタートアップ関連イベントが数多く開催されている。
深セン
起業家、機会
  • 電子部品のサプライチェーンが形成される背景から、ものづくりに強みを持つエコシステムを形成している。
  • マーケットや顧客に近いことから、市場化のスピードを重視した製品開発を特徴とする。
ベンガルール
起業家
  • 防衛産業の街として栄えたベンガルールは、国内最高峰の大学が立地し、IT高度人材が豊富にそろっている。
  • 米IT産業のオフショア開発により技術力のあるエンジニアが集まる。
東京
外部環境
  • コアテクノロジーが中心となった、デバイスにソフトを組み合わせた製品化に強みを持つスタートアップが成長を見せている。
  • 自前主義からの脱却を目指す、大企業のオープンイノベーション促進に伴い、CVCやアクセラレータプログラムが近年増加しつつある。

注1:日本のスタートアップが海外のエコシステムを活用し、ビジネスの成長を目指す「ジェトロ・グローバルアクセラレーションハブ」を置く12都市および東京を掲載。
注2:表中の図は青色が強みを表す。
出所:各種資料からジェトロ作成

日本のエコシステム推進役となる大企業のオープンイノベーション

日本国内における2014 年ごろから現在に至る第4次ベンチャーブーム(注2)を牽引する要因の1つが、スタートアップと連携したオープンイノベーション機運の高まりである。これまで、自社での技術開発や系列を重視した研究開発(R&D)を重ねてきた大企業は、近年の急速な技術進化や市場の激しい変化に対応すべく、組織外との連携を進めるようになった。新規事業の創出に向けて、内部留保やR&D予算を活用し、事業シナジーを狙えるスタートアップへの投資や協業を始めている。大手企業は、次々とコーポレート・ベンチャーキャピタル(CVC)を立ち上げ、2018年のCVCによる投資案件数は317件と、ベンチャーブーム前の2013年から4.5倍の水準に急増した(CBインサイツより)。スタートアップ側も、大企業から出資されることにより信用力を高めたいという思惑があり、双方のニーズが合致した格好だ(表2参照)。例えば、自動車部品メーカーの大手、デンソーは京都大学から派生したスタートアップ、FLOSFIAに対し、シリーズC(注3)の新株を引き受ける資本提携を実施。両社は、自動車の電動化における共同開発を進めることで合意した。

大企業の協業先となるスタートアップの模索は、国内だけにとどまらず、海外でもイノベーションの種を探している。中でも、高度なサイバーセキュリティ技術を有するスタートアップや、IoT(モノのインターネット)関連技術を有するアジア発スタートアップの取り込みなど、「尖った」技術を有する外国企業を取り込む動きが活発化している。インターネットイニシアティブ(IIJ)は、台湾のスタートアップ、ネクストドライブ(NextDrive)と小型・軽量IoTゲートウエー機器を共同開発した。同機器は、ホームセキュリティーや見守り、室内環境管理などさまざまな用途への利用が期待できる。NextDrive日本代表取締役である石聖弘(Shawn Shih)氏は、「日本と東南アジアは良好な関係が構築されているので、既に東南アジアに進出しているIIJとパートナーシップを組むことで、一緒に世界展開していく」と語り、日本企業との提携の重要性を強調した(ジェトロ-外資の対日投資成功事例)。また、富士通は、既存事業の枠を超えた新規事業の開拓のため、2015年から開始した「富士通アクセラレータプログラム」で、米国スタートアップ、クオントスタンプ(Quantstamp)を採択した。ブロックチェーンを活用したセキュリティーサービスを提供する同社の技術の先進性と将来的な重要性を評価し、同社の日本市場への展開を支援した。さらに富士通は、同社が2019年 3 月に設立した国際的なコンソーシアム「Smart Contract Security Alliance」に参画し、今後のブロックチェーンセキュリティーのカギとなる、セキュリティー水準の定義づくりで連携していく方針を示している。

表2:国内外のスタートアップと連携した日本企業のオープンイノベーション事例
企業名 連携先スタートアップの所在地 年月 内容
三井不動産 イスラエル・テルアビブ 2017年7月 イスラエル軍のドローン研究者などが立ち上げたスタートアップ、ドロノミーの自律飛行技術を使用して、建設現場で空撮の実証実験を行った。工事の進捗管理、計測、関係者間の情報共有ツールとしての活用を検討する。
トヨタ 中国・深セン 2017年8月 IoT機器開発を支援する、硬蛋(インダン)社と提携。インターネットにつながる車載用のIoT機器を共同開発できる力を持つ企業を探し、中国向け製品のコスト削減を目指す。
インターネットイニシアティブ(IIJ) 台湾 2017年9月 スマートメーターのデータ取得が可能なIoTゲートウェイ機器を、IoTソリューションを開発する台湾のスタートアップ、ネクストドライブと共同で開発。
積水化学 米国・イリノイ 2017年12月 バイオベンチャー、ランザテック社との共同開発により、ゴミをエタノールに変換する世界初の革新的生産技術の確立に成功。
デンソー 日本・京都 2018年1月 京都大学発のベンチャー、FLOSFIAと次世代のパワー半導体の材料として、コランダム構造酸化ガリウムの車載応用に向けた共同開発を開始。
東京ガス 日本・東京 2018年11月 オーディオブック配信サービスを運営する、オトバンクと共同で開発した入浴時の音声サービス「Furomimi」に加え、育児や家事などの生活をサポートする音声コンテンツを提供。
富士通 米国・シリコンバレー 2019年3月 ブロックチェーン技術の課題の一つとされるセキュリティの定義の策定のため、クオントスタンプが立ち上げた国際的なコンソーシアムに参画。将来的な事業連携を模索する。

出所:各社プレスリリースからジェトロ作成

次なる課題は起業家精神の醸成と国際性の取り込み

大企業のオープンイノベーションを中心に、日本のエコシステムが発展しつつあるものの、持続的にスタートアップが生まれるには、それだけでは十分とはいえない。内閣府が発表した「ワタシから始めるオープンイノベーションPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(4MB) 」では、「革新的な価値創造には、企業から派生するCVCの立ち上げやアクセラレータプログラムの新設といった方法論だけではなく、内発的動機や共感、多様性などが必要だ」と指摘している。各国のアントレプレナーシップ(起業家精神)を図る指数として、Global Entrepreneurial Monitorは総合起業活動指数(Total Early-Stage Entrepreneurial Activity、TEA)を発表している。同指数は、成人人口100人に対して、起業準備中の人と起業後3年半未満の人の割合を示す。充実したエコシステムを有する米国(15.6)やイスラエル(12.7)に対し、日本は5.3で他の主要国と比較すると低い水準であった(図2参照)。主な原因として、社会における起業家の地位が低いことやリスク回避志向が強いことなどが挙げられる。

図2:主要国の総合起業活動指数
米国が2017年13.6、2018年15.6。イスラエルが2017年12.8、2018年12.7。インドは2017年9.3、2018年11.4。UAEは2017年9.0、2018年10.7。中国は2017年9.9、2018年10.4。英国は2017年8.4、2018年8.2。フランスは2017年3.9、2018年6.1。日本は2017年4.7、2018年5.3。ドイツは2017年5.3、2018年5.0。

注:総合起業活動指数(Total Early-Stage Entrepreneurial Activity: TEA)とは、成人(18-64歳)人口100人に対して、実際に起業準備中の人と起業後3年半未満の人の合計が何人であるかという指標。
出所:Global Entrepreneurship Monitor 2018/2019からジェトロ作成

エコシステム内への国際性の取り込みも欠かせない。成功するスタートアップの多くは、急スピードでの成長を目指す「ボーン・グローバル企業」である。ボーン・グローバル企業とは、「起業後まもなく輸出、技術供与、現地生産やR&Dといった国際的事業活動を開始でき、従来の国際化プロセスでは蓄積できなかった持続可能な競争優位性を有する企業」を指す(総務省「情報通信白書」)。そのため、国内外問わず市場を獲得できることが前提であり、商品やサービス内容は言語や文化への依存度が低いほど成功しやすい。グローバルに開かれたエコシステムは、世界市場への拡張可能性(スケーラビリティ)を高めることができる。世界的に認知度の高いエコシステムでは、国際色豊かな人材の活躍が見て取れる。例えば、シリコンバレーの人口は約4割(37.4%)、コンピュータ・サイエンス分野に限ると66%が外国生まれである。さらに北欧諸国、ドイツ・ベルリン、中国・深セン、インド・ベンガルールなどにおいても、外国人や移民のフリーランサー、留学や海外での就職など外国での経験を持つ起業家が、同地のエコシステムにおいて重要な役割を担っている。

外資系有力アクセラレータの日本代表は、ジェトロとのインタビューで「スケーラビリティにおいて、日本のスタートアップは成長段階で国内にフォーカスしすぎて、海外市場に適応できていない印象がある。進出先にフォーカスを当てて、顧客が何を求めているかを優先させなければならない。特にアジアでは、Made in Japan、Designed in Japanはブランド価値がある。日本のスタートアップを差別化するためには、それをうまくブランド化できるとよいのでは」とコメントしている。


注1:
スタートアップとは、ユニークな技術や製品・サービスでイノベーションを起こし、社会に新しい価値をもたらすことを目的とし、短期間で資金調達やスケールアップをするため、具体的な製品またはビジネスモデル・プランを有する、企業・起業家。本稿の内容については「2019年版 世界貿易投資報告PDFファイル(2.1MB) 」63~74ページを参照。
注2:
第1次ベンチャーブームは1970 年代。製造技術系の企業が多く生まれ、日本で初めての民間ベンチャーキャピタルが生まれた。第2次は1980 年代。製造業中心から、サービス業などの第三次産業中心の産業構造へと転換する。第3次は1990 年代。不況下、世界的な IT 需要の高まりと政府による積極的な支援により、多数のベンチャー企業が生まれた。(ジェトロ「活性化するスタートアップエコシステム と変革する日本のビジネスシーンPDFファイル(696KB) 」参照)
注3:
シリーズCとは、投資ラウンドの最終段階で、新規株式公開(IPO)やM&Aを目指す段階のこと。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部国際経済課
伊尾木 智子(いおき ともこ)
2014年、ジェトロ入構。対日投資部(2014~2017年)、ジェトロ・プラハ事務所(2017年~2018年)を経て現職。