中国で急速に進む新エネルギー車へのシフト

2017年10月16日

中国は年間の生産・販売台数がともに2,800万台を超える世界一の自動車市場だ。この市場において、新エネルギー車(以下、新エネ車)の開発・生産に向けた動きが急速に進み始めた。特に、2017年6月以降、完成車メーカーによる電気自動車(EV)を中心とする新エネ車の開発・生産に向けた新戦略や提携の発表が相次いでいる。背景には、乗用車を生産する完成車メーカーに対し、2019年から一定台数の新エネ車の生産を義務づける新エネ車クレジット規制が導入されることがある。中長期的な新エネ車へのシフトの流れの中で、完成車メーカーは、生産・販売の戦略立案の際、従来型のガソリン車、ディーゼル車と新エネ車とのバランスについて熟慮が必要となる。部品メーカーにもその戦略を踏まえた対応が必要になりそうだ。

クレジット規制により求められる戦略転換

中国で生産を行う完成車メーカーは、中長期的な戦略の転換を求められている。英国やフランスなどが2040年までにガソリン車およびディーゼル車の販売を禁止する方向性を打ち出しているなか、中国も新エネ車の生産・販売および普及に向けた施策を推進している。中でも注目を集めているのは、乗用車の生産台数の一定割合を新エネ車とする目標を課す「乗用車企業の平均燃費と新エネ車クレジットの並行管理弁法(以下、新エネ車クレジット規制)」だ。2016年9月に第1次意見(パブリックコメント)募集稿が、2017年6月に第2次意見募集稿が発表された後、2017年9月に正式に公布された。2018年4月1日より施行される。

この規制では、ガソリン・ディーゼルなどを燃料とする乗用車(ICE車)の年度生産台数もしくは輸入台数が3万台以上の企業に対し、2019年の新エネ車生産台数を全乗用車生産台数の10%、2020年は12%とする目標が課される。目標を達成するためにはクレジットと呼ばれるポイントの獲得が求められる(表1参照)。第2次意見募集稿では、2018年から新エネ車の生産比率を8%とする目標を義務付ける予定であったが、9月の正式公布では2019年から10%の目標を義務付けるという形に、後ろ倒しとなった。欧米や日本、韓国の業界団体などが、制度の実施延期と条件の緩和を求めて工業・情報化部などに申し入れを行ったことも目標義務付け延期の要因となったとみられる。

この規制の特徴は、日本企業に優位性のあるハイブリッド車(HEV)が対象に入っておらず、HEVを生産してもクレジットを獲得することができない点である。一方で、EVは純電動航続距離に、燃料電池自動車(FCV)は燃料電池の性能に応じて生産台数1台につき最大5ポイントのクレジットを獲得できる。HEVと比較的構造が類似するプラグインハイブリッド車(PHEV)は生産台数1台につき2ポイントと低いポイント設定となった。

さらに、本規制では新エネ車のクレジット目標と同時に、企業平均燃費の目標も達成することが求められている。目標が達成できない場合は、他の企業からクレジットを購入するか、ICE車の生産台数を削減するなどの対策が必要になる。

表1:新エネ車クレジット規制の概要
項目 規制内容
必要なクレジット
(目標値)
2018年:なし
2019年:乗用車生産台数×10%
2020年:乗用車生産台数×12%
対象車種 EV、PHEV、FCV
※HEVは対象に含まれない
クレジット算出方法 EV EV:以下の計算式によってポイントを算出
ポイント=純電動航続距離(R)×0.012+0.8
PHEV PHEV:2ポイント
FCV FCV:以下の計算式によってポイントを算出
ポイント=0.16×燃料電池系統の定格出力(P)
注:
純電動航続距離(R)は純電動方式による航続距離(km)、燃料電池系統の定格出力(P)の単位はkW、標準型車のクレジット上限は5ポイント
資料:
工業・情報化部「乗用車企業の平均燃費と新エネ車クレジットの並行管理弁法」

自動車業界の専門誌である自動車商業論評(2017年8月14日付)の試算では、2017年上半期の販売実績を基に新エネ車クレジット規制が2018年に施行された場合、目標を達成できるのは比亜迪汽車(BYD)、北京汽車、吉利汽車、上海汽車、衆泰汽車、江淮汽車、奇瑞汽車の7社で、全て自主ブランド車メーカーになる。一方、日系を含む外資系ブランドは、2017年上半期の販売車種の構成では、すべての企業がこの規制を満たすことができず、目標として課されたクレジットに対して不足が発生するとしていた。新エネ車の生産比率の目標の導入は1年延期となったものの、日系を含む外資系ブランドは、販売車種の構成の早急な変更などの対応が求められる見込みだ。

EVへのシフトが急速に進めば、部品メーカーの収益にも大きな影響を与える。中小企業庁が発行する中小企業白書(2011年版)によると、従来型のガソリン車の部品点数を3万点と仮定した場合、EVではその約4割の部品が不要になると想定され、EVの普及によりエンジン部品、駆動・伝達部品、操縦部品等の製造業者が大きな影響を受けるおそれがある。また、経済産業省が公表しているシリコンバレーD-Labプロジェクトレポート(2017年3月)は、EVの製造においては機械系統の部品が減少するため、開発プロセスにおけるすりあわせが強みにならず、部品のコモディティー化が進むとしている。その結果、自動車産業の構造が系列企業を中心とした垂直統合型から水平分業型に移行するのではないかとも予想されている。

相次いで打ち出される新エネ車普及推進策

クレジット規制以外にも、政府は次々と新エネ車の生産・販売の促進策を打ち出している。規制によって市場ルールの変更を行うとともに、補助金による優遇政策、公共投資による下支えにより、中長期的に自主ブランドメーカーを中心とした自動車産業を育てようと注力している。

現在、新エネ車の販売においてネックとなっているのは、従来型のICE車と比較して販売価格が非常に高いことである。そのため、政府は、販売に対する補助金を支給している。2016年12月には、工業・情報化部や財政部などが合同で、「新エネルギー自動車普及活用に関する財政補助政策調整の通知」を公布した。2017~2018年のEV(乗用車)については、継続走行可能距離に応じて、2~4万4,000元(約34~74万8,000円、1元=約17円)の補助金を支給する。また、同期間のPHEV(乗用車)の購入については一律2万4,000元を支給する。

さらに、2017年2月には国家エネルギー局と国有資産監督管理委員会などが合同で「企業内部での電動自動車充電インフラ建設の加速に関する通知」を公布した。同通知は2020年に、公共機関が新たに建設するか保有している駐車場の駐車スペースのうち10%以上について充電設備の計画・建設を義務付けるとしている。さらに、中央国家機関および北京市に所在する公共機関の駐車場については30%以上とし、北京市に所在する中央企業(中央の国有資産監督管理員会の傘下にある国有企業)の駐車場については30%以上となるよう努力することを定めている。

この他、新エネ車の販売価格が高止まりする原因となっている動力電池を安定的に確保し、より低価格で提供するための方策も打ち出している。2017年3月に工業・情報化部と財政部などが合同で「自動車の動力電池産業発展促進行動方案」を公布し、2018年までに高品質の動力電池の供給を保証するとし、2020年に新型リチウムイオン動力電池の大規模実用化を実現するとの目標も設定した。

中長期的な目標については、2017年4月に工業・情報化部などが合同で「自動車産業中長期発展規画」を公布し、2020年に新エネ車の年間生産・販売台数を200万台とし、2025年には新エネ車が自動車の生産・販売に占める割合を20%以上にするとしている。

表2:主要な新エネ車普及促進政策
発表時期 政府部門 政策の名称 主な内容
2016年12月 財政部
科学技術部
工業・情報化部
国家発展改革委員会
新エネルギー自動車の普及・活用に関する財政補助政策調整の通知 2017~2018年のEV(乗用車)について継続走行可能距離に応じて、2~4万4,000元の補助金を支給。PHEV(乗用車)については一律2万4,000元を支給。
2017年1月 工業・情報化部 新エネルギー自動車生産企業および産品の参入管理規定 新エネルギー車の定義と範囲を明確に規定。生産企業の参入条件、監督検査措置を明確化。
2017年2月 国家エネルギー局
国有資産監督管理委員会
国家機関事務管理局
企業内部での電動自動車充電インフラ建設の加速に関する通知 2020年に公共機関が新たに建設する、また既に保有している駐車場の駐車スペースについて、10%以上の充電設備の計画・建設を義務付ける。中央国家機関および北京に所在する公共機構は30%以上とする。北京に所在する中央企業は30%以上となるよう努力する。
2017年2月 国務院 「十三五(第13次5カ年規画)」現代総合交通輸送体系発展計画 2020年に、地市級以上の都市における新エネルギー公共交通車の比率を35%以上とする。
2017年3月 工業・情報化部
国家発展改革委員会
科学技術部
財政部
自動車の動力電池産業発展促進行動方案 2018年までに高品質の動力電池の供給を保証する。2020年に新型リチウムイオン動力電池の大規模実用化を実現する。2025年に動力電池基礎研究技術の変革とテスト開発を実現する。
2017年4月 工業・情報化部
国家発展改革委員会
科学技術部
自動車産業中長期発展規画 2020年に新エネルギー車の年間生産・販売台数を200万台とし、2025年には新エネルギー車が自動車の生産・販売に占める割合を20%以上にする。
2017年9月 工業・情報化部
財政部
商務部
税関総署
国家質量監督検験検疫総局
乗用車企業平均燃費および新エネルギー車クレジット平行管理弁法 新エネルギー車のクレジット比率を2019年に10%、2020年に12%とし、同時にガソリン・ディーゼル車の燃費と新エネルギー車の生産の両方に指標を設けて管理する。

出所:工業・情報化部発表などから作成

対応を急ぐ完成車メーカー

外資系企業のEV生産に対する規制緩和も実施された。2017年6月に国家発展改革委員会と商務部が合同で公布した「外商投資産業指導目録(2017 年改訂)」(参考調査レポート)において、外国投資家と中国側パートナーが、EVの完成車を生産する合弁企業を設立する場合、「同一の外国投資家が同類の完成車を生産する合弁企業を中国国内で設立できるのは 2 社まで」とする制限を受けないとした。これにより、中国側の持ち分(出資比率)が 50%を下回らないとする制限は依然として存在するものの、外資系企業は3社目の中国側パートナーとの合弁によりEVを生産することが可能となった。

この規制緩和を背景に、新たな合弁パートナーとのEV生産を発表する外資系企業も出始めた。独自動車大手のフォルクスワーゲンは6月、安徽江淮汽車とEVの共同開発・生産を行う合弁会社を設立する契約を結んだ。8月には、米自動車大手フォード・モーターが衆泰汽車とEVを開発、製造する合弁会社の設立で合意した。

日系メーカーの動きとしては、トヨタ自動車が2016年4月24日、「カローラ」「レビン」のPHEV車の現地生産を進め、2018年に中国市場に投入すると発表した。さらに、同社が2019年にも中国でEVの量産を始める方向で検討を行っているとの報道もなされている(日本経済新聞、7月22日付)。日産自動車は17年8月、フランスのルノー、東風汽車集団と共同でEVの開発を行う新たな合弁会社を湖北省十堰市に設立し、2019年に生産を開始すると発表した。

本田技研工業も9月、2018年発売予定の中国向けEVを、広汽本田汽車、東風本田汽車、本田技研科技(中国)の3社が共同で開発し、広汽本田汽車、東風本田汽車の両合弁会社のブランドから発売することを発表した。また、中国IT大手のNeusoftと提携し、バッテリーマネジメント技術、車両データのクラウド管理、コネクティビティー技術などの開発を行うとしている。

国際自動車工業連合会(OICA)によると、中国は2016年に世界の自動車販売台数でシェア3割を占める巨大市場だ。中国政府には、技術や特許の蓄積が優位性につながるICE車やHEVに対して、世界的に本格的な生産が始まって間もないEVやFCVを制度上優遇することで、自主ブランドを中心とした中国メーカーの優位性を確保する狙いがあるとみられる。

新エネ車の普及に対しては、動力電池の高価格など課題も多いため、懐疑的な見方も多い。しかし、スマートフォンや電子決済など他産業の例をみると、中国企業のブランドやサービスが圧倒的なスピードと規模で国内市場を席巻し、海外市場にも影響を与える事例が増えつつある。自動車産業においても同様のことが起こらないとは限らない。新エネ車クレジット規制の動向を注視し、中長期の変化に対して備える必要がありそうだ。

執筆者紹介
ジェトロ・北京事務所 経済信息部 副部長
藤原 智生(ふじはら ともき)
2009年、ジェトロ入構。生活・文化産業部生活文化産業企画課(2009~13年)、海外語学研修(2013~14年)、海外調査部海外調査計画課(2015~16年)などを経て現職。