基礎データ
概況
最終更新日: 2009年11月02日
一般的事項
| 国・地域名 | ミャンマー連邦 The Union of Myanmar |
|---|---|
| 面積 | 67万6,578平方キロメートル(日本の1.8倍) 出所:国連 |
| 人口 | 5,765万人(2007年10月) 出所:ADB |
| 首都 | ネーピードー |
| 言語 | ミャンマー語、シャン語、カレン語、英語 |
| 宗教 | 仏教(89.4%)、キリスト教(4.9%)、イスラム教(3.9%)、ヒンドゥー教(0.5%)など |
基礎的経済指標
| 実質GDP成長率 | n.a. [2008年] |
|---|---|
| 名目GDP総額 | n.a. [2008年] |
| 一人あたりのGDP(名目) | 462.29ドル [2008年] |
| 消費者物価上昇率 | n.a. [2008年] |
| 経常収支(国際収支ベース) | n.a. [2008年] |
| 貿易収支(国際収支ベース) | n.a. [2008年] |
| 外貨準備高 | n.a. [2008年] |
| 為替レート(期中平均値、対ドルレート) | 5.4891チャット [2008年] 4月〜翌3月 |
| 為替レート(期末値、対ドルレート) | 5.7672チャット [2008年] 翌3月末値 |
| 通貨供給量伸び率 | n.a. [2008年] |
| 輸出額 | 348億4,390万チャット [2008年] 2008年4月〜2009年2月 |
| 対日輸出額 | 8億7,614万チャット [2008年] 2008年4月〜2009年2月 |
| 輸入額 | 207億1,010万チャット [2008年] 2008年4月〜2009年2月 |
| 対日輸入額 | 7億8,018万チャット [2008年] 2008年4月〜2009年2月 |
| 直接投資受入額 | 9億8,500万ドル [2008年] 2008年4月〜2009年2月 |
政治体制
| 政体 | 軍政(暫定政府、1988年9月18日以降) |
|---|---|
| 元首 | タン・シュエ上級大将(兼国家平和発展評議会(SPDC)議長) Than Shwe (1992年(1997年にSLORCをSPDCに改組)) |
| 議会制度 | 人民議会 |
| 議会概要(定員数、発足年、任期) | 議席数492、一院制、任期4年 |
| 内閣(主要閣僚) | 役職 名前−日本語表記 名前−英字表記 議長・国防相 タン・シュエ上級大将 Senior Gen.Than Shwe 首相 テイン・セイン大将 Gen.Thein Sein 財務・歳入相 フラ・トゥン少将 Maj-Gen.Hla Tun 外務相 ニャン・ウィン少将 Maj-Gen.Nyant Win 国家経済・計画開発相 ソー・タ Soe Tha 商業相 ナイン・テイン准将 Brig-Gen.Naing Thein 農業・灌漑相 テー・ウー少将 Maj-Gen.The U SPDC議長府相 ミン・テイン中将、デービット・オリバー・エーベル准将 Lt-Gen.Min Thein, Brig-Gen.D.O.Abel |
政治動向
- 2009年10月9日、ミャンマー外務省の許可の下、スーチー女史が在ミャンマー英国大使や米国首席公使、豪州首席公使らと会談し、欧米による経済制裁について意見交換を行った。先月25日にスーチー女史がタン・シュエSPDC議長に宛てて送った書簡で、米国代理大使らとの面談を求めたことに政府が対応した形とみられる。
2009年10月7日、スーチー女史が再びアウンチー連絡担当相と会談した。
2009年10月3日、スーチー女史がアウンチー連絡担当相(労働相)とヤンゴンで会談した。両者の会談は2008年1月以来、1年9ヶ月ぶりとなる。スーチー女史の弁護士であるニャン・ウィン氏によれば、欧米による経済制裁解除に向けた方策について話し合われた模様。
2009年10月2日、ヤンゴン管区裁判所は、(8月11日に実刑判決を受けていた)スーチー女史側の控訴を棄却した。
2009年9月28日、テイン・セイン首相が国連総会(於:ニューヨーク)に出席し、演説を行った。ミャンマーから大臣級の要人が国連総会に参加するのは14年ぶり。同首相は演説で、核兵器について「全ての国が廃絶に取り組むことを臨む」と述べると同時に、いずれの国も核を安全に利用する権利を持つとした。また、ミャンマーに対する各国からの経済制裁について、「政治手段として用いられているのは不当である」とし、制裁の解除を強く求めた。
2009年9月26日、NLDのニャン・ウィン報道官は、スーチー女史が欧米から制裁解除を引き出すための協力を行う旨記した書簡をタン・シュエSPDC議長へ送ったことを明らかにした。
2009年9月23日、ミャンマー民主化について話し合う外相級会合「ビルマの友」(潘国連事務総長主催)が国連本部で開催された。会合終了後、クリントン米国務長官は「関与と制裁のどちらか、というのは間違った選択であった。今後は両手段を用いて民主化を促してゆく」と語り、これまでの制裁一辺倒であった米国の対ミャンマー政策を、軍政との直接対話を取り入れる路線に転換するとした。また、軍政が民主化に向けて大きな改革に出た場合、米国とEUによる制裁を緩和する可能性も示唆した。
2009年8月15日、米国上院外交委員会・東アジア大洋州小委員会委員長のジム・ウェッブ上院議員(民主党)が、在ミャンマー米国大使らとともにネーピードーでタン・シュエSPDC議長と会談した。米上級政府関係者がミャンマー軍政のトップと会談するのは初めて。同日、5月にスーチー女史宅に無断で進入・滞在した罪で禁固7年の実刑判決を受けていた米国人が翌16日に国外追放処分となることが明らかになった。ウェッブ議員はヤンゴンでスーチー女史とも面会した。
- 2009年8月11日、自宅軟禁中の今年5月に米国人を滞在させたことで国家防御法違反の罪を問われていたスーチー女史に対し、ヤンゴン北部地区法廷は禁固3年の実刑判決を下した。その後、法廷内でタン・シュエSPDC議長による指示書が読み上げられ、18ヵ月に減刑、自宅軟禁が継続されることになった。
- 2009年7月21日、米国下院は対ミャンマー貿易制裁措置を1年間延長することを可決(その後、7月23日に上院でも可決)。
- 2009年7月4日、潘国連事務総長が再びタン・シュエ国家平和発展評議会議長と会談を行い、スーチー女史との面会を求めたが、ミャンマー政府は受け入れなかった。
2009年7月3日、潘国連事務総長がミャンマーを訪問し、タン・シュエ国家平和発展評議会議長と会談。スーチー女史ら政治犯を2010年の総選挙前に解放するよう要請した。
2009年6月26日、国連のガンバリ事務総長特別顧問がミャンマーを訪問し、来月予定されている潘基文事務総長の訪緬などについて、ニャン・ウィン外相と会談した。
2009年4月27日、EU外相理事会は、対ミャンマー制裁の1年延長で合意。
2009年3月25日、米国の国務省・東南アジア担当のブレイク部長がミャンマーを訪問し、ニャン・ウィン外相と会談。その後、米国はサイクロン・ナルギスの被災者向けに16,000トンのコメを寄付した。
2008年5月29日、政府は新憲法の是非を問う国民投票(5月10日、24日実施)の結果、92.48%の賛成を得て承認され、成立したと発表した。これに基づき、総選挙が2010年に実施される予定となっている。
- 2008年5月8日、国営テレビは死者が2万2,997人、行方不明者は4万2,119人と報道。
経済動向
- 2009年3月31日、テインセイン首相はミャンマー商工会議所連盟(UMFCCI)の年次総会で、2008年度(08年4月~09年3月)のGDPが09年1月段階で10.4%となり、サイクロンや世界的経済危機という困難な状況下でも08年度の貿易黒字は2月末までに25億ドルに達したことを明らかにした。また、同首相は、15年のASEAN自由貿易地域(AFTA)参加に備えることと、10年の複数政党制に基づく総選挙実施への協力を呼びかけた。
2008年10月22~25日、中国の南寧市で開催された「中国・ASEAN博覧会(CAEXPO)」に、ミャンマーからテインセイン首相ら総勢約300人の政府関係者と、ミャンマー商工会議所連盟のビジネスパーソンらが参加した。中・緬関係の緊密化をうかがわせた。
2008年6月24日、インドのスリ・ジャイラム・レメッシュ商業・電力担当国務相を団長とする代表団がミャンマーのソータ国家計画経済開発相などを訪問し、経済・貿易分野の2国間協力について率直な議論を行い、いくつかの経済協力に関する協定に調印した。現地紙によれば、両相は2国間投資促進保護協定に調印した。
2007年度の対内直接投資(認可ベース)は、7件、1億7,270万ドル(前年度比77.1%減)であった。このうち3件がインドによる石油・ガス(主にオフショアの天然ガス開発)関連、1件がシンガポールによる鉱業など資源開発関連であった。
2007年度(2007年4月~2008年3月)の貿易は、輸出が前年度比17.6%増の352億9,680万チャット、輸入が同9.4%増の184億1,890万チャットに拡大した。貿易収支は6年連続の黒字となり、出超額は168億7,790万チャット(前年度比28.0%増)に増加した。主な輸出品目は、天然ガスが前年度比19.4%増の139億3,790万チャット、豆類が前年度比1.0%減の34億6,250万チャット、縫製品が同2.9%減の15億5,460万チャットなどであった。一方、主な輸入品目は、一般・輸送機械(天然ガス採掘用機材、コンテナ・トラックなど)が前年度比53.1%増の27億1,820万チャットで最も多く、次いで精油(主にディーゼル油)が同48.7%減の20億3,400万チャット、卑金属・同製品が同1.9%増の12億620万チャットとなった。
- 2008年の経済見通しについて政府の発表はないが、経済紙「エコノミスト」の調査部門であるEIUは、08年の成長率を3.4%と見込んでいる。堅調な天然ガス輸出に支えられているものの、国内消費の不安定さ、高い物価上昇率など懸念材料も見られる。外国投資については近年、中国、インド、タイなどからのエネルギー分野への投資認可が相次いでおり、将来の経済成長へのプラス要因となっている。
- 2007年8月15日、ガソリン、ディーゼルなど燃料の公定価格が突然大幅に引き上げられた。この影響で、ヤンゴン市内では市民の足であるバスが運休したり運賃が倍に値上げされたりと、一時大きな混乱があった。また、同日、コメなどの基本食材も一時高騰した。
- 2007年7月24日、首都ネーピードーで、日緬官民合同貿易・投資ワークショップが開催された。両国間でこのようなワークショップが開催されるのは初めて。日本側からは20名、ミャンマー側からは30名が参加し、長期滞在ビザや輸出入ライセンスの取得など、在緬日系企業から寄せられる問題点について、率直な意見交換が行われた。次回開催が合意され、日緬二国間の貿易・投資の促進に向けた継続的対話の場として期待される。
- ミャンマーからドバイへの出稼ぎ労働者が、ここ数年増えているようだ。特にホテル業界での求人が多く、引き抜かれる国内のホテル業界で悩みの種となっている。ホテル従業員を養成する学校の1つに確認したところ、2005年の設立以来、既に1,000人を育成し、うち40%が海外のホテルで働いているという。海外のうちほとんどはドバイで、一部カタールやシンガポールに広がっているという。
日本との関係
| 日本との貿易(通関ベース)(100万ドル) | 年 日本の輸出(A) 日本の輸入(B) 収支(A-B) 2002 114.74 110.21 4.53 2003 123.73 138.81 △15.08 2004 105.08 179.49 △47.41 2005 92.25 204.42 △112.17 2006 103.82 245.55 △141.73 2007 175.87 295.18 △119.31 2008 186.77 313.55 △126.78 |
|---|---|
| 日本の主要輸出品目 | 輸送機械(トラックなど)(35.9%)、一般機械(建設機械など)(30.9%)など。 備考:2008年 出所:財務省(日本) |
| 日本の主要輸入品目 | 繊維二次製品(男性用シャツなど)(42.2%)、魚介類(20.1%)、履き物(17.9%)など。 備考:2008年 出所:財務省(日本) |
| 対日貿易上の特徴および問題点 | 特徴:特恵関税を利用した、衣類、靴などの労働集約型製品の輸出が多い 問題点:ミャンマー側の外貨不足による輸入規制措置や外為規制 |
| 日本企業の投資件数と投資額 | 件数:24件 金額:2億3,760万ドル 備考:認可ベース。1988年の外国投資解禁以降、2004年3月までの累計。以降、新規の認可案件はない。 |
| 日系企業進出状況 | 企業数:51社 備考:日系進出企業数はヤンゴン日本人商工会議所メンバー数、2009年8月時点。 |
| 投資(進出)に関連した特長、問題点 | 長所: ・勤勉、低廉、かつ豊富な労働力(英語可)。特に縫製業では中国やベトナムに次ぐ候補地として注目される ・日本向け特恵関税の活用 ・豊富な天然資源(農業、水産物、天然ガス等) 短所: ・電力などインフラの未整備、二重為替レート、外貨送金規制、欧米による制裁など。 |
| 在留邦人 | 人数:530人 時点:2008年5月、(出所)外務省 |