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ナイジェリア

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経済動向

最終更新日: 2010年08月16日

  • ナイジェリア中央銀行(CBN)の国際収支統計によると,08年の対内直接投資額(ネット,フロー)は68億1,440万ドルで,前年比12.0%増となった。しかし,09年は金融危機などの影響により,58億5,073万億ドルと前年比14.1%減となった。
  • 国際連合貿易開発会議(UNCTAD)の直接投資統計によると, 08年の対内直接投資額(ネット,フロー)は202億7,900万ドルで,前年比62.8%増となった。しかし,09年は金融危機などの影響により,110億ドルに半減した(ナイジェリア投資促進協議会)。なお,こうした中でも中国の投資は活発で,2009年の対ナイジェリア直接投資(エネルギー,農業,製造業,鉱物,インフラ整備等)は,72.4億ドル(総額の65.8%)に達した(在ナイジェリア中国大使館)。
  • ドル建てのIMF統計によれば、2009年のナイジェリアの輸出額は前年比39.0%減の519億7,400万ドル、輸入は同16.5%減の445億9,580万ドルとなっている。2009年にナイジェリア通貨ナイラは対ドルで、25.6%下落したと推計されており、ナイラ建てのナイジェリア連邦統計局統計では、2009年の輸出額は前年比22.3%減の7兆4,345億ナイラ(以下,N),輸入額は53%増の5兆479億Nであった。貿易収支は,2兆3,867億Nの黒字となったが,2008年の6兆2,699億Nから黒字幅は61.9%縮小した。
  • 各種報道によると、中国国有の建設・土木大手中国建設股フン有限公司は5月14日、ナイジェリア国営石油会社(NNPC)と石油化学複合施設の建設に関する一括請負契約(230億ドル規模)を交わしたとされる。また、中国中鉄の子会社である中鉄国際川鉄公司は、6月10日、ナイジェリアの道路プロジェクト2件(総額3,333万USドル)で落札したとされている。
  • 日本の財務省「貿易統計(通関ベース)」によると、2009年の日本の対ナイジェリア向けの輸出額は5億6,418万ドル(前年比38.9%減)、輸入額は5億3,526万ドル(69.4%減)となり、大幅に減少した。輸出では自動車(69.4%減)、鉄鋼(22.6%減)、一般機械(51.5%減)、輸入では液化天然ガス(77.4%減)、採油用ごま(70.7%)など、主要輸出入品目の減少が影響した。
  • 2010年1月11日(B/L Date)より、ナイジェリア向け貨物に対してCTN(Cargo Tracking Note)の取得が義務付けられることとなった(ナイジェリア港湾当局(NPA)発表)。今回の制度変更に関し、当局はテロ対策などナイジェリア港湾の保安強化を目的とすると説明しているが、荷主側からは新たな課税や煩雑な手続きを要求されることになるなど批判の声も上がっている。
  • 政府は、独立50周年を迎える2010年の実質GDP成長率を、6.1%と予測している。IMFも、原油価格の持ち直しなどを要因に5%台への回復を見込んでいる。ただし、安定した経済成長を達成するため、国内銀行部門の不良債権問題や主要石油ガス生産地域であるナイジャーデルタの治安問題解決など、残る課題は多い。
  • 2009年12月にインド・ニューデリーで開催された「インド・アフリカ炭化水素会議」において、インドのデオラ石油相が、アフリカにおける石油・ガス探査・開発等に参加する意向を表明した。アンゴラ、ガーナ、スーダンだけでなく、ナイジェリア等も対象となっている。
  • ナイジェリア中央銀行は、2009年第2四半期の実質GDP成長率を5.13%と発表した。また、石油部門のGDPに占める割合は14.4%(前年同期比2.3%減)となっている。一方、非石油部門の同割合は85.6%(前年同期比2.3%増)に上昇している。
  • 中央銀行は2009年第1四半期の実質GDP成長率を4.85%と発表した。金融危機は原油価格の下落、国内のドル高ナイラ安を引き起こし、外貨準備高もここ半年で2割減少している。IMFは09年のGDP成長率を2.9%、英シンクタンクのエコノミスト・インテリジェンス・ユニット(EIU)は2.3%と予測している。
  • IMFは、2009年のナイジェリアの実質GDP成長率を8.11%と予測している。しかし、世界金融危機や原油価格下落に対してどこまで持ちこたえられるかが焦点である。インフラプロジェクトなどの遅延も予測される中、健康問題を抱えるといわれるヤラドゥア大統領のスピーディーな政策実施が課題となる。
  • 2007年のナイジェリア経済は、非石油産業部門が前年比9.6%増と顕著な伸びをみせたものの、主力産業である石油部門が5.6%減と低迷したため、実質GDP成長率は6.3%と、前年同様の成長率にとどまるとみられる(出典:IMF)。石油産業は、ナイジャーデルタ地域の治安が好転しなかったために原油生産量が減少し、全体の輸出額減少にも大きく影響した。一方で、輸入額は前年比4割以上と大幅に増加した。対内直接投資は、石油・ガス部門や通信部門、金融部門などを中心に増え続けている。
  • 2006年の実質GDP成長率は5.3%(IMF推定値)。非石油部門の成長率は2年続けて8%台と好調だったが、原油生産量の減少が成長を減速させた。一方、対外債務では整理が進んだ。パリクラブの公的債務完済に続き、政府はロンドンクラブの民間債務の返済にも着手している。
  • 2004年度予算では財政赤字の対GDP比率を抑制、経常支出の比率も削減する。一方、歳出では貧困削減を重視した予算編成となっており、執行率を80%程度まで引き上げる考えである。原油国際市況の高止まりによって、歳入増加は確実で、使途を巡り議論が続いている。対内直接投資は石油・ガス部門が牽引している。
  • 2003年は原油価格の高値推移が経済成長を牽引したが、石油関連製品などを中心に物価上昇ももたらした。同国は慢性的に石油精製所の稼働率が低く、産油国ながら石油製品の輸入が不可欠であることに加え、国内で石油製品価格の自由化が行われたことが影響した。
  • 2003年6月、石油精製部門への民間参入促進を狙う政府は石油製品価格の大幅引き上げを発表、国内主要労組はゼネスト入りした。最終的には引き上げ幅の圧縮で双方が合意、ストは終結したが、物価や賃金の上昇も目立っている。
  • 99年後半から2001年前半まで原油価格が高値で推移したことで、連邦・州政府は大規模な財政支出を行い内需は拡大を続けた。しかしその後の油価低迷とOPEC減産は外貨準備高の減少をもたらし、インフレ圧力の増大も続いた。このため政府は2002年、緊縮財政へと転じ、輸入インフレの要因ともなっているナイラ安に歯止めをかけるべく、同年8月には外為市場にダッチ・オークション・システムを導入した。
  • 政府は公営企業の民営化を3段階に分けて実施している。当初、政府は2003年中に対象企業すべての民営化を完了させる意向であったが、国営電気通信公社(NITEL)をはじめ、作業には遅れが目立つ。
  • 経済援助や債務関連では、アブバカール元首が公営企業民営化、石油製品への補助金廃止、二重為替制度撤廃などの経済改革を実施したことを受け、IMFは99年初頭から融資交渉を再開した。
  • 97年以降の油価低迷は歳入を大幅に減少させ、99年度予算は前年比4割減の緊縮予算となった。なお、99年4月以降の油価上昇を受け、9月には予算を上方修正、治安改善やインフラ整備に重点的に配分した。
  • 政府は95年度予算で経済改革を断行、為替・金利自由化、貿易・投資規制緩和、民営化に取り組んだ。油価上昇に伴う輸出伸長で経済は外需主導の回復を示し、高インフレや債務の重圧は依然深刻であったものの、財政・国際収支は回復に向かった。
  • 93年に入ると相次ぐ政変や社会混乱に加え、石油製品(ガソリン、灯油など)の補助金撤廃に起因する物価高騰などで国内経済は混乱に陥り、油価の下落傾向がこれに追い討ちをかけた。さらに、アバチャ政権による人権抑圧で国際社会は態度を硬化、日本を含む先進各国・国際機関は金融支援を相次いで凍結した。同国経済は財政赤字と対外債務の拡大に直面、物価高騰や外貨不足が顕在化した。94年夏には民主化の遅れや物価高騰を不満として石油関連部門で長期におよぶゼネストが発生、経済不振に追い討ちをかけたほか、厳しい外貨不足や景気低迷などで外資撤退も相次いだ。
  • 同国は80年代半ば以降の油価低迷の影響で経済不振が続いていた。政府が構造調整計画を通じ経済再建に努めたほか、湾岸戦争の影響で油価が高水準で推移したことなどにより89年から91年にかけて経済は上向いた。
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