NAFTAによる優位性低下に懸念あるも、おおむね歓迎-TPP大筋合意でメキシコ政府や経済団体-

(メキシコ)

メキシコ事務所

2015年10月13日

 環太平洋パートナーシップ(TPP)交渉の大筋合意を受けて10月5日、大統領府や経済省は歓迎の意を表明した。北米自由貿易協定(NAFTA)の恩恵が薄れるとの懸念もあるが、経済団体は好意的に受け止めている。完成車の域内調達率が45%との報道について、自動車工業会も合意の上だとみられている。

<「バランスの取れた合意」と大統領府は評価>

 TPP交渉の大筋合意を受けて、メキシコ経済省は105日、「メキシコならびに11ヵ国のカウンターパートは歴史をつくった。野心的かつ広範囲で、これまでにない達成基準の協定に合意した。メキシコの生産分野に新たなビジネス機会を開いた。特にオーストラリア、ブルネイ、マレーシア、ニュージーランド、シンガポール、ベトナムといったTPP交渉参加国が含まれるアジア太平洋地域は、次の25年間で最も大きな経済成長が見込まれる。また、メキシコ、米国、カナダの北米の生産チェーンを強化し、世界で最も競争力ある地域にすることに貢献する。他方、チリ、ペルーといったラテンアメリカへの市場アクセスも改善され、日本市場へのアクセスが深化される」とするイルデフォンソ・グアハルド経済相のコメントを発表した。

 

 大統領府のウェブサイトも同日、「交渉の結果、メキシコは自動車のサプライチェーンの確保から、繊維・衣料、コメ、肉、乳製品など農産品の市場アクセスに至るバランスの取れた合意を得た」とした。また、エンリケ・ペニャ・ニエト大統領は「TPPはメキシコ国民により多くの投資機会と質の高い雇用を生み出す」(「CNNエクスパンシオン」誌電子版105日)とコメントしている。

 

<ルール順守を見守る必要性の指摘も>

 各業界団体は、NAFTAにおけるメキシコの優位性を気にしつつも、交渉の大筋合意をおおむね歓迎している。

 

 全国商業会議所連合会(CONCANACO)のエンリケ・ソラーナ会長は「TPP加盟国によるダンピングなど不公正な貿易がまかり通らないよう注意深く見守る必要がある。市場開放は利益をもたらすが、規格や品質を満たさない、あるいは不当な補助金が与えられた外国の商品に自国市場が侵略されるリスクも伴う」(「レフォルマ」紙105日)と述べ、TPP加盟国がルールを順守するか見守る必要があるとした。

 

 「エル・フィナンシエロ」紙は105日、金融大手HSBCのレポートを引用し、メキシコにとってのメリットとデメリットを紹介している。デメリットとしては、対米関係でNAFTAのメリットが薄まり、TPPの他メンバー国にほぼ同様のメリットを享受させてしまうことを挙げている。また、他のメンバー国に対してこれまで以上の関税削減をしなければならなくなることや、TPPの交渉自体が政府間や一部の大企業の間で秘密裏に動いてきた感があり、中小企業にデメリットをしわ寄せすることになる恐れがある、と指摘している。

 

 「エル・フィナンシエロ」紙(105日)によると、全国工業会議所連合会(CONCAMIN)は「このイニシアチブの達成は、メキシコの生産者や輸出者の利益を確保するという目標に向かった政策当局と民間部門のここ3年間の努力が実を結んだことを表している」と歓迎した。

 

 また、企業家調整評議会(CCE、日本の経団連に相当)のヘラルド・グティエレス・カンディアーニ会長も「(交渉では)国内産業の利益を保護しなければならなかったが、達成できたと考える。今日、われわれは以前にはなかったアジア大洋州への市場アクセスを獲得した。例えば、オーストラリア、ニュージーランド、シンガポール、マレーシアといった重要な市場へのアクセスだ。(TPPNAFTAに取って代わるのではなく)TPPNAFTAを強化するものだ。もし、メキシコがTPP交渉の外に置かれていたとしたら、メキシコにとって非常に深刻な問題が発生していた。なぜならば、われわれは世界の主要な協定の枠外に置かれることとなり、北米の重要なパートナー(米国、カナダ)に対する優位性が失われてしまっただろう。TPPはメキシコが北米との統合をさらに深化させる機会を与えてくれるものだ」との見方を示した。

 

<自動車の域内調達率問題は「合意の上」か>

 TPP交渉全体の中でメキシコが話題になったのは、自動車の域内調達率問題だろう。

 

 106日付「CNNエクスパンシオン」誌(電子版)によると、メキシコ自動車工業会(AMIA)のエドワルド・ソリス会長は8月の時点で、「50%より低ければ、メキシコのサプライチェーンに悪影響が出る」としていた。現段階では断定的なことはいえないものの、完成車、エンジン、トランスミッションについては45%以上となったもようだ。これについて、同会長は「業界としては心地良い(Comoda)水準」とし、また現地調達率の計算方法が(62.5%を求める)NAFTAとは違うため、むしろ「同水準だ」とコメントしている(注)。同会長は、メキシコ自動車部品工業会(INA)とともに、アトランタでのTPP交渉では「サイドルーム」と称する部屋で待機し、必要に応じて交渉官と打ち合わせをしつつ対応していた。従って、業界としての合意を現場で確認した上で、現地調達率が決定されているとみられる。

 

(注)NAFTAにおける完成車(大型バス・トラックを除く)の域内付加価値比率率(62.5%)においては、「トレーシングルール」と呼ばれる特別なルールが用いられている。トレーシングルールでは、定められた関税番号リスト(Annex 403.1)に該当する部品(トレーシング対象部品)が域外から輸入されている場合にのみ、当該部品の輸入時点までさかのぼってトレースして「非原産材料価額」にカウントし、その非原産材料価額の合計を完成車の純製造費用から控除した価額が純製造費用の62.5%以上あればよい。これに加えて、Annex 403.1に該当しない部品については、たとえ域外から輸入したとしても「非原産材料」扱いにはならないことから、全体として62.5%の達成は見た目の数字ほどには厳しくはない。

 

中島伸浩

(メキシコ)

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