政府や税関による制度の裁量的解釈が目立つ−日系企業のFTA活用実態と運用上の課題(3)−

(ASEAN、タイ)

バンコク事務所

2015年03月18日

タイにおける自由貿易協定〔FTA、経済連携協定(EPA)などを含む〕活用上の問題点として、日系企業からは、第三国インボイスの扱いやバックトゥバック原産地証明書の発給条件などに関するタイ政府の独自解釈の問題が指摘されている。協定の条文や手続き規則に明確な記載がない事項に関し、ほかの締約国ではみられない裁量的な解釈が目立つ。タイにおけるFTAの運用実態と活用上の問題に関する報告の後編。

<第三国インボイスをめぐる運用で相違>
在タイ日系企業によるFTAの活用に際し、第三国インボイスの扱いをめぐる複数の問題が継続的に発生している。最近では、タイから中国向けのASEAN中国自由貿易協定(ACFTA)を活用した輸出において、タイ側原産地証明書(CO)発給機関(商務省外国貿易局)の担当者は、「第三国の仲介価格〔図1のインボイス(3)のFOB価格〕を記載しなければCO発給を認めない」と主張。輸出者は第三国の仲介価格を記載して、出荷したものの、輸入国側(中国、広州税関)において「仲介国ではなく原産地のFOB価格〔図1のインボイス(2)の価格〕が記載されていなければFTA税率を適用しない」とされ、FTA税率を利用できなかった事例がある。

図1第三国インボイスを活用した商流の例

本件に関してはかつて、ACFTAに関する税関協議において、「商流が第三国を経由する場合、原産地証明書(フォームE)に記載するFOB価格は原産国のものでも仲介国(第三国)の価格でも認める」との方針が出されたが、通達などで周知されておらず、通関時に貨物の差し止められたものとみられる。なお、2015年2月にジェトロ・バンコク事務所が原産地証明書の発給当局であるタイ商務省外国貿易局に確認したところ、「FOB価格は本来、輸入国の税関に提示される仲介国のFOB価格と一致していることが望ましいが、輸出者の要望に応じて、原産国のFOB価格の記載も認めている」との回答があった。今後の取引において、特に中国向けの貨物は輸入地の税関がいずれのFOB価格の提示を求めるかを事前に確認の上、それに応じた価格を記載することが望ましいといえるだろう。

なお、ASEAN物品貿易協定(ATIGA)とASEAN韓国FTA(AKFTA)では2014年1月から、日ASEAN包括的経済連携協定(AJCEP)では2014年10月から、原産地基準として付加価値基準を採用する場合を除き、各原産地証明書フォームへのFOB価格の記載義務が撤廃されている(注1)。

そのほか、第三国インボイスに関して、タイ税関が「取引の仲介国が複数にわたる場合にはFTAの活用を認めない」との解釈を示した事例もある。具体的には、インドネシアからタイへ出荷される貨物に関し、商流上はシンガポールと日本の2ヵ国を仲介(インドネシア→シンガポール→日本→タイ)する取引などが想定される。この場合、日本は第三国ではなく、4番目の国に該当するため、協定が認める第三国(Third Country)インボイスとはいえず、FTAの適用は認められないという解釈だ。シンガポールをはじめとするほかの締約国では、「第三国」は一般名詞として、輸出国・輸入国以外の国と理解されている一方、タイ税関としてはあくまで「輸出国、輸入国の次の3番目の国」を指すという解釈を主張していることが本ケースの争点だ。なお、タイ税関は口頭で「協定上の第三国の記載が『Third Countries』と複数形で記載されている場合においては、複数の仲介国を経由することが認められる」との見解を示している。

その後、ATIGAにおいては、ASEAN加盟国間での協議を経て、2013年3月、タイ政府が、複数の仲介国による取引でもFTAを適用することを認める「3月6日付通達No.29/2556」を発出したため、ATIGAについては同様の問題は回避されている。他方、ATIGAを除くタイの2国間/多国間FTAにおいては、依然としてタイが同様の主張でFTA適用を認めないリスクも残されており、注意が必要だ。

<第三国インボイスとバックトゥバック原産地証明書の併用は不可>
またタイ特有の事情として、第三国インボイスとバックトゥバック原産地証明書(CO)(注2)の併用が認められないという問題も露呈している。具体的には図2に示す取引において、タイ政府がCOの発給を認めないという事例だ。本ケースは、AJCEPを活用し、日本原産品をタイの保税倉庫に保管し、同保税倉庫内で在庫分割し、バックトゥバック COを取得してベトナムやカンボジアなどに輸送する取引を想定している。

図2AJCEPのバックトゥバック原産地証明書の発給否認事例

この場合、タイからベトナムやカンボジアに輸送する製品の代金決済を本社(第三国インボイス)において行う場合、タイ政府はバックトゥバックCOの発給を認めていない。発給を認めない理由をタイ政府は、「1回の輸送に対し、1種類の規則しか適用しないという原則に基づく」と説明する。AJCEPの条文には、併用できるとも、併用できないとも明記されていないことから、タイ商務省および税関が裁量的な解釈を行っているものと判断される。タイ政府はAJCEPのみならず、タイが締結する原則全てのFTAにおいて、バックトゥバックCOと、第三国インボイスの併用を認めていないほか、タイが輸入国となる商流でも第三国インボイスとバックトゥバック原産地証明書が併用されたかたちで輸入される貨物に対してFTA税率の適用を認めていない(図3のケース)。

図3ATIGAのバックトゥバック原産地証明書の受け入れ否認(タイ)

なお、タイ税関および商務省は、本ケースに関するジェトロ・バンコク事務所からの照会に対し、「併用を認めるには、協定文に付属する『原産地規則の運用上の証明手続き(OCP:Operational Certification Procedures)』の改訂が必要」との立場を示している。このような解釈は、他国・地域では同様の事例はなく、タイ政府の独自の解釈が地域全体のオペレーションに支障を来す事象を招いている。このような事態を改善するためには、ビジネスの実態に即したOCPの改正が適切に行われることが必要だ。原産地規則の解釈などをめぐって問題が起きている事例を集約し、個別の問題に応じた原産地規則の見直しが各国で定期的に議論される枠組み構築が求められる。

(注1)FOB価格記載を不要とする新フォームの運用に際しては、6ヵ月間(カンボジア、ミャンマーは2年間)の移行期間が認められており、運用開始は各国によってばらつきがある。例えばATIGAの場合、タイでは6ヵ月の移行期間を経て2014年7月より運用が開始されている。
(注2)締約国Aから輸出された原産品が締約国Bを経由し、さらに最終的に締約国Cに輸入される場合に、経由国(B)で貨物に対し何も加工をせず、Aで得た原産資格が変更されない場合に、Bの発給機関から発給されるCOのこと。同COに基づき、CでFTA税率が適用される。なお、BでバックトゥバックCOの発給を受けるには、Aで発給されたオリジナルのCOが必要となる。

(伊藤博敏)

(タイ・ASEAN)

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